新たな<いのち>の誕生

✪宣教要約
クリスマスの物語、行政命令で遠い旅に出ねばならない貧しい若い夫婦が登場する。そこに私たちの常識や想像を遥かに超えるような物語が展開されるのである。その夫婦は旅先で宿を得ることすら出来ないままに出産へ及んだ。どれほど心細かったことだろうか。 物語の舞台の中心は家畜たちの臭気漂う馬小屋・・・生まれたばかりの赤子が寝かされたのは飼い葉桶、さらにそこを訪れたのは夜番の羊飼いたちだった。彼らは何かに突き動かされるように勇んで駆けつけ、その「事実」と出会った。「救い主・神の御子」との出会い・・・彼らは何と大きな喜びを知っただろうか。 そのクリスマスを慕い、ある意味では物語の登場人物のように今の時代を生きる私たちの上にも、この予期せぬ出来事が起こった。私たちの心の中に「希望の光」が誕生したのだ。時代の波に翻弄されながらも、自らの根底は「神の無限の愛」に支えられていることを信じ、「希望の光」の誕生の事実をしっかりと心にとめたい。この希望の光は私たちに必ずやよき知らせをもたらしてくれるはずだ。感謝。

☆黙想
新たな命の誕生は、人々に命をいと惜しむ気持ちと希望の光を与える。暗い戦いの時代にそれは、なお一層輝く。戦時中、防空壕で出産したという話がある。壕の中での人々の協力と喜びがそこにあった。ベトナム戦争の折、ベトナム人すべてが敵だと思っていた米人兵士が、偶然にも民家で若い娘の出産に出会う。思わず差し出した彼の手に湯気の立つ赤子が落ちたとき、彼はベトナム人も同じ守るべき人間であることを悟った。 二千数年前のベツレヘムの片隅にも思いを馳せたい。宿さえ見つけることのできなかった若い貧しい夫婦の旅先での出産。しかし、その馬小屋は希望の光で満ち溢れていた。そこに駆けつけた夜番の羊飼いたちは生きる勇気を得、占星術を研究していた遠い異邦の学者たちをも、その光が引き寄せた。 神の御子・救い主の誕生は、今の時代の暗さのなかを生きる私たちの元にも、確かな光がある事を告げている。この光で心の内をいっぱいに充たしたい。「その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである」(ヨハネ1:6)。

★教会からのお知らせ
桃山栄光教会のクリスマス礼拝は23日(日)午前10:30~、キャンドル・サーヴィスは24日(月・休)午後7:00~です。礼拝後には祝会も行います。お時間が許せば、お気軽にお越しください。
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# by aslan-simba | 2007-12-22 16:27 | Comments(2)

一陽来復

師走、まだ夜が明け染めぬころ、漆黒の空には昨夜の星がなお明るく輝いている。夜が最も長くなる冬至は近い。古代中国では、冬至の日が暦の起点とされた。同様に古今東西のさまざまな文化圏で、冬至は新たな年の出発として憶えられてきた。 その日は、「不敗なる者の誕生の日」と呼ばれ、その前夜祭も祝われた。人々は贈り物を交換し楽しむ。そして、当日の夜明けと共に、白衣をまとい金の冠やヒイラギの花を身につけた若い娘たちが、赤子の人形を抱きながら町を練り歩く。「この日われらに一人のみどり子が生まれたもうた」と歌いながら・・・これは二千年前のローマ時代の宗教、ミトラス教の冬至祭についての描写である(高尾利数『キリスト教を知る事典』他を参照)。彼らはこのように、冬至の日を境に「新たな太陽」が再び生まれることを喜び、記念していた。後にローマの公的宗教となったキリスト教は、この祭りを自らのうちに取り込み、その「新たな太陽」誕生に十字架と復活の主イエス・キリストのご降誕を見たのであった。 わが国では冬至には柚子湯につかり、かぼちゃを食して無病息災を祈願する。そのような習慣からも冬至を介して、クリスマスが望めれば有り難い。「わが名を畏れ敬うあなたたちに、義の太陽が昇る」(マラキ3:20)、「異邦人を照らす啓示の光」(ルカ2:32)といったクリスマスの聖句が、「一陽来復」(いちようらいふく)と重なるような気がする。
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# by aslan-simba | 2007-12-14 19:05 | Comments(0)

クリスマスと正岡子規

「柿食へば 鐘が鳴るなり 法隆寺」。この句は明治28年の秋に奈良に立ち寄った正岡子規が、奈良の柿を食しながら着想したという。晩秋の大和路の夕暮れ、その古色蒼然とした光景を思わせる名句だ。季語の「柿」が生きている。 その翌年の明治29年、子規は「クリスマス」を季語として、このような句を詠んでいる。「八人の 子供むつまし クリスマス」(寒山落木)。子供の多い家庭の賑やかなクリスマスの様子が目に浮かぶ。「一家団欒は平和の基」(病床六尺)と、家族を大切にした子規ならではの作かもしれない。なお、俳句の季語に外来語が用いられたのは、これが始めてだそうだ。ただし、子規の家庭でクリスマスを祝ったという記録はない。しかしベースボールに親しみ、海外事情に明るかった子規にとって、クリスマスという西欧の習慣に、家庭的な喜びが直感されたのだろう。 この国でクリスマスという行事が、少しずつ広まるのは、食品輸入商社で高級スーパーの走りである明治屋が東京・銀座に進出し、クリスマス商戦を始めた1900年(明治33年)あたりからと聞く。当時のクリスマスはハイカラなものであったに相違ない。ともあれ、教会が前面に出なくとも、クリスマスが家族の団欒である限り、そこにクリスマスの豊かな意味はあるはずだ。ちなみに子規は、クリスマスを季語に他にも数句うたっている。たとえば、「クリスマスの 小さき会堂の あはれなる」・・・心に染みる。
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# by aslan-simba | 2007-12-07 12:36 | Comments(0)

クリスマスの言霊

ある方が、このような詩を紹介してくれた。「ひとつのことばでけんかして ひとつのことばで仲直り ひとつのことばでおじきして ひとつのことばで泣かされた ひとつのことばそれぞれに ひとつのこころをもっている」。作者は北原白秋とのこと。 言葉には確かに、不思議な力がある。古代の日本人は、それを「言霊」(ことだま)と称し、さらにはこの国を「言霊の幸ふ国」として捉えた。ギリシア人たちも同様に、言葉の力をロゴスと呼び、理性や知恵、そしてそこに真理を見たのである。改めて言葉の威力を考えさせられる。ちなみに、キリスト教も言葉への信頼によって成り立っている。それは、「言葉を通して、歴史に参与する神」への信仰が前提となる。聖書の語る神の言による天地創造、主の御言葉による奇跡といった出来事は、「神の言の事実」の神話的表現と解せよう。このように言葉の力は、古くから広く世界中において理解されてきた。 しかし、今日の情報社会では、その本来の力が見失われているように思えてならない。洪水のように溢れ出ている言葉の現実はあるものの、むなしく無責任な言葉が多すぎるのである。その世界に、今年もクリスマスが来る。それは「神の言が私たちの間に宿られた出来事」(ヨハネ1章参照)を示している。「ひとつのこころ」を神さまが私たちにさし出されたのである。クリスマスの「ことば」がある限り、そこに希望はある。その言霊を大切に・・・
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# by aslan-simba | 2007-11-30 18:08 | Comments(0)

落葉

色づいた銀杏の葉が落ちる道を歩きながら、「落葉」の詩を思い起こす。「秋の日の ヴィオロンの ためいきの 身にしみて ひたぶるに うら悲し  鐘のおとに 胸ふさぎ 色かへて 涙ぐむ 過ぎし日の おもひでや  げにわれは うらぶれて ここかしこ さだめなく とび散らふ 落葉かな」。すらすらと口をつくのは、中学生のときに暗誦させられたおかげである。 原詩(Chanson d'automne)の作者ポール・ヴェルレエヌは19世紀フランス象徴派の代表的詩人といわれ、初期の作品群は高い評価を受けている。この詩は、彼の処女詩集(『土星人の歌』)のなかに所載されたもの。それに明治の文学者・上田敏が、見事な日本語訳を施した(『海潮音』)。この季節、静かな哀愁を帯びた言葉の調べが心に響いてくる。 立ち止まって、人間の内面を象徴的に描いたこの詩の魂に思いを重ねてみる。自らの歩みを省みながら・・・ただ、いつまでも感傷だけに浸り続けてはいられない。自分にはなさねばならない使命がある。なお、ヴェルレエヌがこの詩を記したのは、二十歳の頃だったという。そのあまりの早熟さには驚かされるのだが・・・彼の後半生は自堕落で破滅的になり、不遇と貧困のうちに世を去ったそうだ。 小春日和の陽だまりのなかを再び歩き始める。晩秋から初冬への移行は早いものだ。黄金色の輝きの中にある今のときを精一杯に生きたいと願う。人生の冬を喜びのうちに迎えるためにも。
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# by aslan-simba | 2007-11-22 22:09 | Comments(0)

〒612-8006 京都市伏見区桃山町大島86-29             京阪桃山南口より徒歩8分 ほっこりした教会、牧師の飼い犬です。
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