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光あれ・・・


「初めに言があった」(ヨハネ1:1)、アドヴェント(待降節)やクリスマスの時期に読まれる聖句です。これは旧約聖書の「初めに、神は天地を創造された」(創世記1:1)と対応しています。次に、神が「光あれ」と言われて、天地創造の御業が始まるのです。実はこの壮大な創造物語が記されたのは、紀元前六世紀でした。当時、イスラエルの人々は近隣の大国バビロニアに領土を奪われ、捕囚されるという大変な危機に遭遇していたのです。だからこそ、混沌の闇を切り拓く「光あれ」という神さまの御言葉が深く心に響いたのでしょう。現実の絶望的状況を打ち破り、救いの光が射し込んで来ることを、彼らは確かに信じました・・・。 しかし、イエス・キリストご降誕の紀元一世紀頃のユダヤも、なお「闇」のなかにありました。聖書の人々はローマ帝国という強大な国の統治の下にむなしく置かれていたのです。 もっとも「闇」は、聖書を担った民の、そのような過去の歴史状況を指すだけではありません。この21世紀の不安な世界、そこに生きる私たち一人一人をも、覆っているのではないでしょうか。ただ、ヨハネは私たちに告げています。「光は暗闇の中で輝いている」(ヨハネ1:5)、「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた」(ヨハネ1:14)と。「光あれ」と語られた神さまは、争い、悩み、悲しみ、苦しみを抱え、「闇」の中に絡めとられそうになる私たちを、どこまで憐れんで下さるのです。「言の内に命があった。命は人間を照らす光であった」(ヨハネ1:3)・・・神はキリストの「いのちの光」をここに新たに下さいます。御子イエスの誕生こそが、まさにその徴(しるし)なのです。今年のクリスマス、喜びと感謝をもって、キリストを自らの内にお迎えしようではありませんか。


☆12月2日説教「忍耐」要約:
「忍耐した人たちは幸せだと、わたしたちは思います。あなたがたは、ヨブの忍耐について聞き、主が最後にどのようにしてくださったかを知っています」(ヤコブの手紙5:11)
神は最後にヨブの経済的繁栄を回復された。しかしヨブにとって、より重要だったのは、真に神と出会えた事だった。その思いはヨブ自身の神への言葉に、こう表現されている。「あなたのことを、耳にしてはおりました。しかし今、この目であなたを仰ぎ見ます。それゆえ、わたしは塵と灰の上に伏し、自分を退け、悔い改めます」(ヨブ42:5‐6)と・・・
by aslan-simba | 2012-12-01 10:27 | Comments(0)

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