聖書が告げる希望

 明治のキリスト者・内村鑑三は、「聖書に希望という言葉が沢山使ってある。これは・・・中略・・・人類のもつ言葉の中で、最もうるわしいものの一つである。希望のない宗教は宗教ではない。宗教の優劣は、それが供する希望の多寡高低によって定められる・・・」と述べ、キリスト教を語ります(「聖書の研究」明治37年7月21日)。

 確かに私たちの聖書には「希望」という言葉がちりばめられています。その「希望」、さらに「愛」「信仰」をキーワードとして数多くの手紙を認めた使徒パウロは言います。
「信仰と希望と愛、この三つは、いつまでも残る」(コリント一13:12)。

 ならば、聖書の語る希望とは何でしょうか。一言でいえば、それはイエス・キリストを通して、神さまが与えてくださる希望なのです。神は私たちの救いのために、御子を犠牲にまでされました。その十字架の愛は、今日も豊かに、私たちの内に注がれています。そして、その神の愛がある限り、私たちは前を向いて、ポジティブに人生を歩んで行くことができるのです。だから使徒パウロはこう命じます。「希望をもって喜び、苦難を耐え忍び、たゆまず祈りなさい」(ローマ12:12)と・・・。すなわち、神の愛がある限り、私たちは如何なる試練や困難も乗り越えることができる。否、神の愛が、乗り越えさせてくださるのです。この神の愛こそが、揺るがぬ希望の根拠であり、それを信仰をもって受け止めることが大事なのです。

 また聖書の示す希望の形は「神の栄光にあずかる希望」(ローマ5:2)として語られます、それは、私たちの目に、はっきりとは見えませんが、全き救いの完成の希望なのです。「
わたしたちはこのような希望によって救われているのです。見えるものに対する希望は希望ではありません。現に見ているものをだれがなお望むでしょうか。わたしたちは、目に見えないものを望んでいるなら、忍耐して待ち望むのです」(ローマ8:24-25)。

 見える現前の事柄のみに振り回され、一喜一憂し続ける必要はありません。やがてこの世は過ぎ去ります。このレントの時、御言葉から聴きつつ、御国の希望をいっそう確かにしたいものです。



☆3月5日説教「主の赦し」要約:

「人よ、あなたの罪は赦された」(ルカ福音書5:20)
 罪の赦しの本質は、神との交わりの回復。ただしそれは、神さまの側からの一方通行では成り立たない。「あなたの罪は赦された」という宣言が真に意味を持つのは、その人が罪を赦された人として立ち上がり、感謝して神と共に歩いて行くときなのだ。



[PR]
# by aslan-simba | 2017-03-01 11:34 | Comments(0)

春一番と早春賦

 20日に「近畿地方で春一番が吹いた」と報道されました。春一番は立春の後、初めて吹く暖かい強めの南風ですが、近畿では四年ぶりに吹いた由。毎年必ず吹くものだと思っていたのですが・・・期間が立春から春分の間と規定されているために、無い年もあるとのこと。案外知らないことの多い自分に気づかされました。

 ついでに、春一番が吹けば暖かさはしばらく続き、寒さの揺り戻しは何週間か先に起こるものだとイメージしていましたが、これも違いました。春一番の吹いた翌21日は冬型気圧配置に戻り、厳しい寒さの一日となりました。暖かい春は、まだまだ先という事でしょう。

 ふと母が「二月は一年で最も寒い時期。如月(きさらぎ)は『衣更着』とも書く」と言っていたことを思い起こしました。また母がこの時期に、よく歌っていた曲も口をつきます。「春は名のみの 風の寒さや 谷の鶯 歌は思えど 時にあらずと 声も立てず 時にあらずと 声も立てず ・・・」。早春賦と題する大正時代に作られた唱歌です。

 この歌について、幼かった私と妹に「ウグイスは春を告げる鳥だけれど、寒い時期は谷にいるのね」と語ってくれた母の笑顔が脳裏を走ります。 そういえば小学生の頃の私は、この歌から二月のウグイスは谷にいて、三月に「梅の小枝でウグイスが・・・」鳴き始めるものだと、頭の中で整理していました。 ともあれ、まだまだ寒い日が続き・・・ウグイスの声は聞こえてきません。

 しかし考えてみると、春浅き日々の寒さは、恵みかも知れません。それは寒さが厳しければ厳しいほど、本格的な春の到来の喜びは一段と大きなものとなるからです。また春に咲く植物は、寒さにさらされることで、開花に向けた花芽が始動開始すると言います。

 私たちの人生も、永遠の命の花をつけるまでは、なおしばしの時、厳しさに耐えねばならないでしょう。ちなみに今年の教会暦に従えば、レント(受難節)は3月1日から。イースターはまだまだ先です。それでも私たちは主に在って、御国の全き春が、私たちに必ず到来することを、御言葉によって知らされています。聖霊の暖かい風は、今日も私たちの心の内に吹いています。感謝


☆2月26日説教「命を与える霊」要約:

「命を与えるのは『霊』である。肉は何の役にも立たない。わたしがあなたがたに話した言葉は霊であり、命である」(ヨハネ福音書6:63)
 朽ち行く地上のものを、主は「肉」と呼ばれ、「命」を与えるのは「肉」ではなく「霊」である、と語られます。その「命」とは、目に見えない永遠なる神の霊のお働きとして、私たちに与えられるのです。



[PR]
# by aslan-simba | 2017-02-23 14:37 | Comments(0)

老いの重荷は神の賜物

 人は望まなくとも老い、体が弱り、また病を患う・・・。身近な人々を見つめながら、そんなことを思わされます。身体の衰え、若い頃はそれを自分には関係ないものと考えていましたが、寄る年波には勝てません。いつしか自分の問題でもあることに気づくようになってきました。

 原始仏典にこんな言葉があります。「
愚かな凡夫は、みずから老いゆくものであるにもかかわらず、他人が老衰したのを見て、悩み恥じ嫌悪している。わたしもまた、老いゆくものであるにもかかわらず・・・」(中村元『ゴータマ・ブッダ』参照)。お釈迦様が、老いを他人事として見つめた、自身の若い頃を回顧して語った言葉だそうです。誰もが若い時には、自らが老いることには、なかなか思いが及ばないものなのかも知れません。

 
聖書は、人の体を土の塵で造られたといいます。だから、その「自然の命の体」(コリント二1544)は脆く、加齢とともに衰え、やがて朽ち果てるのは当然でしょう。しかし、そのような私たちが、「霊の体」に与かる全き救いの時が来ることも、聖書は教えてくれます。そこに確かな希望があります。この衰え行く肉体の彼方には御国の救いがあるのです。

 以前、ホイヴェレスという神父が紹介した「最上の業」という詩に、こんな節がありました。「・・・
老いの重荷は神の賜物。古びた心に、これで最後のみがきをかける。 まことの故郷へ行くために! 己をこの世につなぐ鎖を少しずつはずしていくのは真にえらい仕事。 こうして何もできなくなれば、それを謙虚に承諾するのだ。 神は最後に一番よい仕事を残してくださる。 それは祈りだ。 手は何もできない。けれども最後まで合掌できる。 愛するすべての人の上に、神の恵みを求めるために!・・・」と。

 「
老いの重荷」は「神の賜物」として与えられているということ、有り難い話です。さらに私たちは、祈り、祈られる恵みの中に、いつまでも生かされて行くのです。 人生の最終段階において、たとえ何もできないようになったとしても、最後まで祈りを為すことだけはできる者でありたいと願います。


☆2月19日説教「主に倣う」要約:

「あなたがたは羊のようにさまよっていましたが、今は、魂の牧者であり、監督者である方のところへ戻って来たのです」(ペトロの手紙一2:25

 魂の牧者であるキリストが、今日も御自身の御跡に続くよう私たちを招いておられます。「善を行って苦しみを受け、それを耐え忍び、恵みの現れとなりなさい」(20節)、「・・・キリストもあなたがたのために苦しみを受け、その足跡に続くようにと、模範を残されたからです」(21)と。



[PR]
# by aslan-simba | 2017-02-14 22:26 | Comments(0)

聖バレンチノの日

「歳月人を待たず」と言いますが、早いもので2月も中旬に。その2月真ん中の14日は「バレンタインデー」です。この日はロマンスの日、「愛の日」などとも言われます。ただ、「愛」と言うと、私にはまず「神の愛」「キリストの愛」の方が思い浮びます。仕事柄でしょうか、それとも年齢のゆえ・・・。否、それだけではありません。実はこの日は、教会にも関連があったのです(と言ってもカトリック教会の話ですが)。

 四十数年前までは、214日は「聖バレンチノ(バレンタイン)の日」とされていました。 伝説によると、
バレンチノ司教は、子どもをはじめ家畜などの病も、愛をもって治したそうです。そこから子どもや家畜を守護する愛の聖人とされ、人々に親しまれました。 もちろん、彼はキューピット役も果たしました。彼の働いていた3世紀のローマ帝国では兵士の結婚は『士気が落ちる』という理由で禁止されていたそうです。そのような若者たちを憐み、若い恋人たちをこっそりと結婚へと導いたのだとか・・・。それが皇帝の怒りを買い、結果、司教は214日に処刑されてしまったのです。

 もっとも、この聖バレンチノの記念日は1969年に教会暦から削除されています。理由は、同じ頃にローマで殉教した同名の司教が他にも存在した為、その業績が混同され、史実性が確定されないためだそうです。 いずれにせよ、この日のそもそもの起源は、愛の働きをもって生きた司教を覚える日ということでしょう。それは聖書の教える愛と重なるのです。  


「愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。不義を喜ばず、真実を喜ぶ。すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。 愛は決して滅びない。・・・信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である」(コリント一13章より)。 214日をロマンスの日(14世紀以来の西欧の伝統)とするのは結構ですが、同時に信仰、希望と共に大切にされる愛を覚える日としても受け止めたいものです。なお、フィンランドではバレンタインデーを「友情の日」という友愛に思いを寄せる日としているそうです。


212日説教「恵みの座へ」要約:
わたしたちには・・・偉大な大祭司、神の子イエスが与えられている・・・だから、憐れみを受け、恵みにあずかって、時宜にかなった助けをいただくために、大胆に恵みの座に近づこうではありませんか」(ヘブライ人への手紙41416

目の前の現実がいかに厳しくとも、それが全てではありません。恵みの神は、ご計画を進めておられます。まだ見ていない先に全き救いがあるのです。これからも見えない御方に目を注ぎ、恵みの座にしっかりと近づこうではありませんか。








[PR]
# by aslan-simba | 2017-02-09 12:18 | Comments(0)

寒梅の季節に思う

 今年も早2月・・・未だ寒い日が続きますが、暦の上では3日の節分を境に、4日に春が立ち、梅の蕾もほころび始める時期となります。梅は松、竹と並べ「松竹梅」として、おめでたいものの一つと言われます。

 
梅・・・私の父親はこの花が好きで、元気な頃は東京の湯島天神の観梅を楽しみにしていました。父の命日は、その開花少し前の123日。奇しくもあの新島襄と同じ祥月命日です。ちなみに母の命日は新島夫人の八重と同じ614日。これを何かのご縁というのは、実におこがましい話ですが、何か有難いような気がして・・・。 ともあれ、新島襄は「百花の魁(さきがけ)」である梅の花を心底、愛した人でした。彼の漢詩にこうあります。

 「
真理は寒梅の似(ごと)し 敢えて風雪を侵して開く」と。まことの道を歩む厳しさと忍耐を寒梅が示しているようです。 なお禅語で「梅は寒苦を経て清香を発す」と言われるように、厳冬に耐えて、美しい花をつけ、良き香りを放つ・・・そこに梅の花の矜持が示されます。

 米国に学んだ最初の日本人牧師で教育者、「自由教育 自治教会 両者併行 国家万歳」を終生のモットーに、神と日本の近代化のために命を賭した新島襄の人生・・・。その生涯に、この梅の花に示される「忍耐」を憶えさせられます。 また、昭和の時代を懸命に生きた私の父母、一介の庶民に過ぎなかった彼らも寒苦に耐えた人だったと思います。あの時代を生きた大半の日本人が、均しくそうであったように・・・。

 さて5年前に亡くなったジョン・ヒックという英国神学者のバーミンガムのお宅には、この新島の漢詩の掛け軸が据えられていたそうです。ここに宗教多元主義というヒックの思想を詳述する紙幅はありませんが、彼も本当に忍耐の人でした。梅の花と忍耐・・・。

 新島襄はこんな寒梅の詩も詠んでいます。
庭上(ていじょう)の一寒梅(いちかんばい) 笑って風雪を侵して開く 不争(あらそ)わず又(また)力(つと)めず 自(おのずか)ら占()む 百花の魁」。「庭先に見る一本の早咲きの梅、風雪にめげず、微笑みをたたえて花開く。誰かと競い争うではなく、力んで無理をするのでもない、自然なさまで、あらゆる花々の先駆けとなる」。私たちの日々の信仰の歩み、忍耐しつつも、そんな謙虚さと自然体をもって花開けるよう精進したいものです。


☆2月5日説教「真の喜び」要約:

「さて、あなたがたがわたしへの心遣いを、ついにまた表してくれたことを、わたしは主において非常に喜びました・・・わたしの神は、御自分の栄光の富に応じて、キリスト・イエスによって、あなたがたに必要なものをすべて満たして下さいます」(フィリピ410,19参照)

 教会に於いて、与えることも、支えることも全て主との関わりにおける事柄です。そこには人が与える喜びだけではなく、天から頂く喜びがあるのです。

[PR]
# by aslan-simba | 2017-01-31 20:01 | Comments(0)

〒612-8006 京都市伏見区桃山町大島86-29             京阪桃山南口より徒歩8分 ほっこりした教会、牧師の飼い犬です。
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31