「ああエルサレム、エルサレム・・・」(マタイ2337口語訳)というと、まず思うのが「十字架の道行き」です。歩きました!

 主が十字架を負って歩いた道(ヴィア・ドロローサ・悲しみの道)を・・・。 エルサレム旧市街にあるこの道、起点はイスラーム教徒地区の小学校が建つピラト官邸跡から始まり、ゴルゴダの丘およびイエスの墓の跡地にある聖墳墓教会(キリスト教徒地区)へ続く約1キロの道程。途中、「留(station)」と称される、主が「十字架を負わされた場所」、「つまずいた場所」などの記念地が数メートルおきにあります。そんな仕方で11世紀の十字軍時代に整備された道とは知りつつも、やはり胸が高まります。ご一緒した陽気な先生方もこの時は神妙でした。

 今回まずラッキーだったのは、普段は入れない起点(1)に、入れたこと(小学校が休みだった為。こんな事はめったにない由)。それから一か所ごとの留に立ち止まり、祈りつつ、最後の11から14までの留に立つ聖墳墓教会へと辿りつきました。 私たちは混雑を避け、教会の裏手から入堂。薄暗い会堂の各所にロウソクの火が灯っています。何とも言えない神秘的な雰囲気です・・・。なおこの教会、カトリック、ギリシア正教、コプト正教など六教派がそれぞれに管理場所をもちますが、教派同士あまり仲がよろしくないとか。以前、聖職者たちがケンカしている場面をテレビで見た記憶が甦ります(そのため、教会入口の鍵は、今もイスラームの家族が管理)。主の十字架が立てられた跡を拝しながら思いました。だからこそ、十字架に心馳せるに相応しい「聖地」がここなのだ、と・・・。

 ところでエルサレムという街、旧市街を抜けると、黒服を着たハレディーと称されるユダヤ教超正統派の人々を頻繁に見かけます。特にその人たちが大勢集まる場所で、お祈りすることができました。嘆きの壁(西の壁)とダビデ王の墓所においてです。いずれもユダヤ教にとっては重要な聖地。祈っていて、実に不思議な感覚に捉われました。

 なおダビデ王の墓所では、黒服のハレディーが私のところに来て、私のことと、私の「祖国・日本」「家族」「愛する者たち=皆さま」のために祈ってくれました。お礼に寸志を差し出したところ、彼はそれを自らのポケットにではなく、そのまま墓所の公的献金箱に投函したのです。何とけなげな・・・本当に心洗われる思いがました。神さま、ありがとうございます・・・《つづく》


917日説教「深きかな」要約:

「ああ、神の富と知恵と知識のなんと深いことか・・・」(ローマ1133

 パウロの深い賛美の言葉がここにあります。そうです。神は御子を通して御自身の憐れみを現してくださいました。そして、すべての人を救うために「富、知恵、知識」をもって今なお働いておられるのです。 その神の憐れみの中にある者として、感謝と賛美の思いをパウロと共にしたいと願います。

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# by aslan-simba | 2017-09-11 14:10 | Comments(0)

 「イスラエルを訪れる外国人訪問者は年間350万人、その内、日本人は15千人足らず」と聞きます。日本人にとってイスラエルは、必ずしもメジャーな観光先ではありません。ただ世界の国は色々な問題を含めて、この場所に注目しています。


 何と言っても世界三大一神教の聖地がその首都エルサレムにあること。もっとも国際的には首都として認められていません(事実、エルサレムに大使館をもつのはエルサルバドル一国のみ)。さらに、複雑な「パレスチナ問題」がそこにあるからです。その問題対処の一環として、米国の仲介の下、1993年イスラエルとパレスチナの合意で出来たパレスチナ自治区、その後の交渉は暗礁に乗り上げているようですが・・・。


 さて今回、エリコ、ベツレヘムといったそのパレスチナ自治区にある場所も立ち寄りました。エリコは紀元前1万年前から人が住んだ痕跡のある世界最古の街と言われます。旧約聖書には「ナツメヤシの茂る町」と書かれます(申命記343他)。ここでアラブ人露天商のオジサンたちから、その名物ナツメヤシ菓子を買いました。これは美味しかったから良かったのですが、アラブ風の女性用シャツも強引に勧められました。断ったものの。「ジャパニーズ・ピープル・グッド・ピープル・・・」と哀願するオジサンの眼差しに、ついついほだされ、妻への土産にと買ってしまいました(案の定、日本では着ることのできないような物でした)。 またこの街には徴税人ザアカイが登った「いちじく桑の木」(ルカ194)が往時の姿のままに存在します(本当に本物なの?)。 なおエリコにはイスラエルと隔てる検問所はありましたが、高い分離壁はありませんでした。そのせいか、広々とした開放的なアラブの街の印象でした。


 高い分離壁と極めて厳重な検問所があったのはベツレヘムです。遠方にはユダヤ人入植地も見えます・・・。この辺りは、よく報道される辛い現実です。しかしこのような地でイエス・キリストが誕生されたのです。「光は暗闇の中に輝いている」と説教したいところですが、ベツレヘムの街は決して暗闇ではなく、明るく活気がありました。こぎれいな服装をした、体格のよい物売りの子供たちがそれを象徴するようでした。もちろん、彼らからもお土産を買いました。《つづく》



☆9月10日説教「愛に根差し」要約:

人の知識をはるかに超えるこの愛を知るようになり、そしてついには、神の満ちあふれる豊かさのすべてにあずかり、それによって満たされるように」(エフェソ319

 新島襄は、キリスト教とは「愛以てこれを貫く」教えと語ります。すなわち、計り知れないほどの愛そのものであるキリストが、私たちの心の中に住まわれ、そのキリストによって生かされところに我が信仰の核心があるのです。

 

 


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# by aslan-simba | 2017-09-07 08:18 | Comments(0)

イスラエルへ行きました

 聖書を語る者として「一度はイスラエルに行かねば」と思いつつも、なかなか条件が整いませんでした。ところが先日、たまたまネットで牧師対象の「イスラエル体験ツアー8日間」を発見。「これだ」と閃き、参加を決めました。参加者は私を含め6名。皆さん面白い先生方で、仲良く「聖地巡礼」へ・・・。

 さて今回の旅、何と言っても思い出深い場所はガリラヤでした。宿泊したのは、ガリラヤ湖畔にあるキブツのホテル。キブツというと集団農場のイメージでしたが、ホテルやレストラン経営などを行っているところもあるのです。 緑に囲まれた広い区域にあるこのホテルは、ガリラヤ湖沿いまで敷地が広々と続き、プライベート・ビーチも完備しています。夜明け、ガリラヤ湖に輝くご来光を、ここから仰ぐことができました。かつて、この景色の中に主イエスがおられたことを思うと、妙に胸が熱くなります・・・合掌。

 ところで、ガリラヤ湖、ヘブライ語では、その形状から「ヤム・キネレット」(キネレトの海、
民数3411)、すなわち「竪琴の海」と言います。ちょうど「琵琶湖」みたいですね。ただ大きさは琵琶湖の三分の一以下。それでも実に雄大な海の如く感じられるのは、聖書を読み過ぎたゆえでしょうか。 なお近年、ガリラヤ湖水が工業用としても大量消費されるようになったことに加え、雨量も減ったため、水量減少が深刻な問題となりつつあるそうです。いつまでも豊かな水量を湛えた湖であるようにと願います・・・。

 ガリラヤ滞在中に、湖畔のカフェルナウムの村と、近郊に位置する祝福の山を訪れました。主が
「幸いなるかな」と八つの祝福を教えた、あの山上の説教の丘です。そこを少し降ると五千人に食事を与えた場所、さらに降るとペトロが召命を受けた所もありました。跡地にはいずれも、出来事を記念する瀟洒な教会が建っています。麗しい緑に囲まれた場所を祈りつつ行きました。

 ナザレも訪ねました。イエス様の時代は寒村だったと言われますが、現在はアラブ人キリスト教徒が多く住む、賑やかな町です。ここにある受胎告知教会。祭壇の下の洞窟はマリア様が天使から受胎告知を受けた場所・・・。

 以上のように、福音書の世界がリアルに迫ってくるガリラヤの日々でした。《つづく》


☆9月3日礼拝説教「光の子として」要約:

「愚かな者としてではなく、賢い者として、細かく気を配って歩みなさい。時をよく用いなさい・・・」(エフェソの信徒への手紙51516

 「時をよく用いる」とは「神から与えられた機会を十分に生かしなさい」ということ。換言すれば、神の御心を行う生活のことです。そこで重要なのは「霊に満たされる」ことです。そのスタートは、主日礼拝から始まります・・・。

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# by aslan-simba | 2017-09-01 13:33 | Comments(0)

怖い絵・・・

 「忙中に閑有り」。学校の仕事がやっと一段落した日に、妻と神戸まで「怖い絵展」へと出向いた。順調に電車を乗り継ぎ、予想より早くたどり着いた兵庫県立美術館。これは幸先が良いと思ったのだが、さにあらず。中に入ると大変な長蛇の列が続いていた。入場券を買うまでに50分、さらに展示会場に入るまで20分。誰も文句も言わず、黙々と並んでいる。これだけで十分に「怖い」・・・否、それだけ日本人の文化はレベルが高いのか。

 場内はもちろん満杯。ゆっくり鑑賞という訳には行かなかったが、「怖い絵」の中に、是非もう一度見に来たいと思う絵が少なからずあった。その一つが、ビアズリーのイラスト作品「踊り手の褒美」。戯曲『サロメ』(オスカー・ワイルド)の挿絵である。ちなみに「褒美」とは洗礼者ヨハネの首。ご存知のように、サロメが義父ヘロデ・アンティパス王に見事な踊りを披露し、その褒美としてもらったものがそれである。何と・・・。このグロテスクな出来事の根底にある人間の妬み、恨み、残忍性、さらには恐れ・・・何とも「怖い」(マルコ福音書61728参照)。なお福音書はサロメを「少女」、「(ヘロデ・アンティパスの妃)へロディアの娘」とのみ記している。

 ともあれ、辛い最後を迎えねばならなかった洗礼者ヨハネだが、いみじくも彼の命日は829日。この日、ギリシア正教やカトリック教会などは「洗礼者聖ヨハネの殉教記念日」として記念する。主イエスの前に、御子キリストを指さし、身を挺してその先駆けとなった旧約時代「最後の預言者」がいたことを心に刻みたい。

 「すべてを導かれる神よ、洗礼者聖ヨハネは、その誕生においても死においても、御子キリストの先駆けとなって道を備えました。真理と正義のために命を捧げた聖人にならい、私たちも力を尽くして福音の証となることができますように」(『聖人略伝』より)

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# by aslan-simba | 2017-08-22 08:03 | Comments(0)

復旧の喜び

 あいかわらず暑い日が続いていますが、カレンダーの上ではすでに秋到来・・・。耳をすまし、目をこらし、五感を自然へと傾ければ、季節が少しずつ秋色に染まっていることに気づかされます。今朝は明け染めた空が紅く輝いていました。天空はすっかり秋模様。暦は本当に正直です。

 ちなみに今年の立秋(8月7日)は、激しい雨台風と共に訪れました。 この日、朝から忙しくしていました。電車の運行状況を気にかけつつ所用で外出、帰って来てからは居間で学生のレポート試験の採点作業に没頭。夜間、私の庵(プレハブ書斎)に設置されたパソコンが水を被り、まったく作動不可能になっていたことを知りました。本当に困りました・・・。パソコンの中に入っている仕事のデータを案じて愕然とする私を心配し、娘と妻が力を貸してくれました。娘は機器の修理を試み、妻は「祈ってから事を始めて」と語りました。しかし動く気配はまったく見えません。私の方は祈る前に、半ばあきらめていました。

 さて翌日の午後、パソコンが奇跡的に復旧したのです。これは正に神さまの憐みだと本気で思いました。こういうことってあるのです。こんな御言葉が脳裏を走りました。「あなたがたの父は、願う前から、あなたがたに必要なものをご存知なのだ」(マタイ68)。そして「祈り求めるものは既に得られたと信じなさい。そうすればその通りになる」(マルコ1124)と・・・。

 まったくの私事の話で恐縮ですが、このパソコンの復旧という個人的な小さな出来事を通して、「新たな季節」の到来を「回復の喜び」をもって経験させて頂きました。感謝。 さて今年もお盆の時を過ぎ、つくつく法師の鳴き声を耳にする時期になりました。子供の頃、つくつく法師が鳴き出すと「夏休みももう終わりだ」と、予定していた自由勉強のできていない自分にあせりを感じたものです。あれから、半世紀以上にもなっているのに、あの頃の自分と本質的にはあまり変わっていません。「三つ子の魂 百までも」ですね。

 それでも今年の秋は、何か良い事が起こりそうな不思議な予感がします。


☆8月20日説教「解放の御業」要約:

「安息日に・・・群衆はこぞって、イエスがなさった数々のすばらしい行いを見て喜んだ」(ルカ131017参照)

 安息日は本来、神の御業を覚え、感謝し、喜ぶ日なのです。だから安息日は礼拝の日ともなります。その日に、一人の女性が癒されました。人々は心からの喜びに満ちています。今日の礼拝も、神の御業を共に喜ぶ時となりますように。



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# by aslan-simba | 2017-08-16 09:59 | Comments(0)

〒612-8006 京都市伏見区桃山町大島86-29             京阪桃山南口より徒歩8分 ほっこりした教会、牧師の飼い犬です。
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