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広隆寺の世界

 嵐電・太秦駅(太秦広隆寺駅)前に鎮座する広隆寺。教科書に記される国宝・弥勒菩薩半跏思惟像のある寺院だ。寺伝に基づくと、この一帯に農耕・機織り・醸造を伝えた渡来人・秦一族の秦河勝(はた かわかつ)が、聖徳太子の命を受け、この寺を建立したとされる。ただし、その創建には謎も多いようだ。

 よく言われるのが、そこにある「我が国と古代イスラエルとの接点」の指摘。いわく、広隆寺に隣接する神社はダビデ神殿だった。寺の「伊佐良井(いさらい)」井戸は「イスラエル」を意味する(発音が似ている)。寺の祭事(牛祭り)の祭神は、仏教のカミではなく「万物の創造神」。寄進した秦氏は元々「秦の始皇帝」の一族で、そのルーツはイスラエルに遡る。また聖徳太子=厩戸皇子(うまやどのおうじ)の馬小屋誕生の話は、クリスマス物語と重なる等々・・・書き出せばきりがない。

 ある本によると、広隆寺は景教の教会だったとのこと(景教とは、7世紀に唐の長安に伝えられたネストリウス派キリスト教の漢字表記)。事実なら、キリスト教の日本伝来は、イエズス会宣教師がやって来た1549年よりも、何百年も前のことになる。面白い話ではあるが、何というべきか。

 実は数日前、用事で嵐電に乗った際、たまたま太秦の次の駅での乗り換えを間違え、太秦方面へと戻る電車に乗ってしまった。瞬時に「広隆寺に呼ばれている」と閃いた。しかも時間に多少余裕もあったので、太秦駅で降りてみた。

 午前中の早い時間、閑静な境内に人の姿はいない。時計は午前9時を回った。拝観料を払って寺内の新霊宝殿へ。

 薄暗い照明の下、そこに五十体もの仏像が安置されていた。しかも見物人は自分だけ。不思議な空間に紛れ込んだようだった。ここで、あの弥勒菩薩半跏思惟像と出会った。教科書で見た静的な印象とは異なり、今にも私たちを救い取ろうとされる「慈愛」を覚えたのである。その姿に「再臨の主」を垣間見たような気がした。思い込み過ぎだろうか。否、仏典にも弥勒菩薩は、遠い未来に下界に降って仏となり、人々を救うと言われている・・・。

 ともあれ、かつてここが景教の教会だったかどうかは分からない。しかしここにあっても、キリストが今、共にいて下さることは確実に分かる。本当にありがたいことだ。



☆8月30日説教「愛が勝つ」要約:
「わたしはあなたがたに最高の道を教えます。・・・愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。・・・すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。・・・愛は決して滅びない」(コリント信徒への手紙一12、13章より)
 人生の「最高の道」・・・「愛」。ただし、この道を歩む時、人は幾度となく困難や挫折に直面します。しかし、諦めてはなりません。キリストが示された「永遠の愛」こそが私達を救いの完成へと導くからです。
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by aslan-simba | 2015-08-26 21:07 | Comments(0)

夏の終わり

 先日までの猛暑は和らぎ、朝夕は肌寒さすら感じます。暦の上では既に秋、虫の声も、日中のにぎやかな蝉の鳴き声から、夕べの秋の虫が主役になりつつあるようです。我が家では鈴虫がきれいな音色を聞かせてくれています。

 そろそろ夏の疲れも出る頃・・・。実は夏カゼをひいてしまいました。別に不摂生したり、無理して来たつもりはありませんが。もう少し、仕事のペースを落としてみます。 ともあれこの時季、伊東静雄の「夏の終わり」という詩が心を和らげてくれます。

 夜来の颱風にひとりはぐれた白い雲が
 気のとほくなるほど澄みに澄んだ
 かぐはしい大気の空をながれてゆく
 太陽の燃えかがやく野の景観に
 それがおほきく落す静かな翳は
 ……さよなら……さやうなら……
 ……さよなら……さやうなら……
 いちいちさう頷く眼差のやうに
 一筋ひかる街道をよこぎり
 あざやかな暗緑の水田の面を移り
 ちひさく動く行人をおひ越して
 しづかにしづかに村落の屋根屋根や
 樹上にかげり
 ……さよなら……さやうなら……
 ……さよなら……さやうなら……
 ずつとこの会釈をつづけながら
 やがて優しくわが視野から遠ざかる

 詩人はここに、一つの時代へ別れを告げているのでしょう。その言葉遣いが秀逸です。そして、おそらくは新たな時代、新たな季節へと眼差しを向けているのではないでしょうか。そんな風に感じます。

 詩作をなしつつ、生涯、中学・高校教師を続けた伊東静雄・・・。この詩が発表されたのは終戦一年後の昭和21年。なお伊東は前年の大阪空襲で大阪・堺を焼け出され、南河内郡に住んでいました。よってこの詩の舞台は河内平野です。ちなみに、その7年後の昭和28年に彼は47歳の生涯を閉じています。

 先日、ある方が伊東静雄を、「十数行の詩で時代を描ききる」詩人として、紹介していました。その通りだと思います。ただ、この詩については、戦後70年の8月の「今」に、私の中では重なり合います。第二イザヤの言葉にも連なって・・・。

「慰めよ、わたしの民を慰めと 神は言われる。・・・苦役の時は今や満ち、咎は償われた、と。 罪のすべてに倍する報いを 主の御手から受けた、と」(イザヤ書40:1-2参照)・・・。

 夏カゼを吹き飛ばして、希望の季節へと雄々しく歩み出そう! 


☆8月23日説教「捨てた石」要約:
「聖書にこう書いてあるのを読んだことがないのか。『家を建てる者の捨てた石、これが隅の親石となった。これは、主がなさったことで、わたしたちの目には不思議に見える』」(マルコによる福音書12:10―11)
 この「石」とは主イエスご自身のことで、「捨てた石」は主が十字架に架けられたことを意味する・・・。十字架は新たな始まりだった。決定的なことがそこに起こった。主は復活され、私たちの人生の土台石=隅の親石となられたのである。
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by aslan-simba | 2015-08-19 17:27 | Comments(0)

浅き夢見じ

 立秋過ぎて、わずかながらも暑さ和らぐ中、お盆の時期になりました。 今朝、「われ山にむかひて目をあぐ わが扶助(たすけ)はいづこよりきたるや」(詩121:1文語)に導かれ黙想した際、「いろは歌」が脳裏を走りました。「いろはにほへと ちりぬるを・・・」
 
 色は匂へど散りぬるを
 我が世誰そ常ならむ
 有為の奥山今日越えて
 浅き夢見じ酔ひもせず

 ご存知、弘法大師・空海の作と伝えられるものですが、漢字に直しますと、味わい深いものがあります。
「花は咲き、良き香りを放っても、やがては散って行く。世の中にずっと同じ姿で存在し続けるものなどあり得ない。『人生』という険しい山道を今日また一つ越えて行こう。はかない夢は見ず、迷わず人生を歩んでいこうではないか」といった意味でしょうか。 

 次に開いた聖書箇所が出エジプト記3章「モーセの召命」。ここは、あのモーセの人生の転機に深く関わります。 数奇な運命によってエジプト王女に拾われ、王宮で育ったモーセ。青年時代に義憤に駆られて人を殺め、ミディアンの地へと国外逃亡しました。その地で彼は祭司の娘と結婚。子をもうけ、羊飼いとなります。

 ある日、羊の群れを荒れ野の奥へ追い、神の山ホレブに上って来た時。主なる神(ヤハウェ)が、燃える柴の中に顕現されたのを彼は見ます。「見よ、柴は火に燃えているのに、柴は燃え尽きない」(3:2)。その中から、文字通りに「燃えるような愛」と「尽きない恵み」をもって神は彼に語りかけ、イスラエルの同胞を、エジプトから導き出す使命を彼に授けるのです。

 しかしモーセは固辞して言います。「わたしは何者でしょう。どうして、ファラオのもとに行き、しかもイスラエルの人々をエジプトから導きださねばならないのですか」(11節)・・・。 それに対して神は断言されるのです。「わたしは必ずあなたと共にいる」(12節)と。モーセのみならず人生の荒野の奥、山道に迷い込んだ時に、私たち自身も傾聴すべき御言葉です。「神共にある!」。

 目を挙げ御国をのぞみつつも、険しい現実の足下をしっかり踏みしめ、迷わず歩んで行きましょう。「『人生』という険しい山道を今日また一つ越えて行こう。はかない夢は見ず、迷わず人生を歩んでいこうではないか・・・主と共に」・・・

(なお「燃える柴」の英語訳burning bushは、「神の啓示」を意味する表現となっています)




☆8月16日説教「命に与る」要約:
「わが子よ、主の鍛錬を軽んじてはいけない。主から懲らしめられても、力を落としてはいけない。なぜなら、主は愛する者を鍛え、子として受け入れる者を皆、鞭打たれるからである」
(ヘブライ人への手紙12:5-6)
 人生の如何なる困難に遭遇しても、神は私たちを救いの道から引き離すことを、許されません。私たちは天の父の子供たちです。神は私たちを愛し、私たちが義の実を結び、永遠の命に与ることを願っておられます。このことを心に刻み、この世の試練にも耐えて行きましょう。
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by aslan-simba | 2015-08-13 08:50 | Comments(0)

火もまた涼し

 最高気温が日々更新される猛暑。炎天下の外出の後、これまたうだるような「我が庵」に入り、パソコンへ向かいます。黙想しつつ、脳裏を走るのは、禅語「心頭滅却すれば火もまた涼し」。武田信玄に禅を説いた恵林寺の快川和尚(かいせんおしょう)最後の言葉です。

  織田信長の軍勢が武田軍を追って、恵林寺に攻め込み、寺に火を放った時、快川和尚は動ぜずに、この言葉を唱え、火中で禅定に入ったまま入滅されたとの事。この境地にまで達するには、まだほど遠い自分ですが・・・。

 ふとダニエル書3章の物語を思い起こしました。それはバビロン王ネブカドネツァルに仕えていた三人のユダヤの若者が、王の築いた像を拝しなかったため、燃え盛る炉中(fiery furnace)に投げ入れられた話です。

 王は言います。「わたしの建てた金の像を拝まないなら、直ちに燃え盛る炉に投げ込ませる。お前たちをわたしの手から救いだす神があろうか」(15節)、彼らは答えます。「・・・わたしたちのお仕えする神は、その燃え盛る炉や王様の手からわたしたちを救うことができますし、必ず救ってくださいます。そうでなくとも、御承知ください。わたしたちは王様の神々に仕えることも、お建てになった金の像を拝むことも、決していたしません」(16―18)。

 「そうでなくとも」・・・「たとえそうでなくとも(But if not)」ということです。つまり「たとえ自分たちは救い出されず、灰じんに帰すとも、神を信じます」と・・・。ここに「心頭滅却」、つまり「心を無」にし、ひたすら主に依り頼む信仰者の姿があります。「主は与え、主は取り去り給う、主の御名はほむべきかな」と心底委ね切った信仰でしょう。それは快川和尚の禅定に繋がるかも知れません。

 さて、縛られて炉の中に投げ込まれた三人の若者、しかし王がその炉を覗くと「・・・四人の者が火の中を自由に歩いている・・・四人目の者は神の子のような姿をしている」(25)といった驚くべき光景がそこにありました。 たとえ業火の中でも神さま(旧約聖書の予表する、十字架と復活の主の御姿でしょうか・・・)は、共にいて下さったのです。

 そして、しばし暑さを忘れ、まさに「心頭滅却」しつつ、無心に御言葉に傾注していた自分の姿にも気づかされました。感謝なことです。 




☆8月9日説教「神の恵み」要約:
「神からいただいた恵みを無駄にしてはいけません」(コリン信徒への手紙ト二6:1)
 パウロが「和解の勧め」をこう述べています。「キリストに代わってお願いします。神と和解させていただきなさい」(5:20)と・・・。私たちは神に和解して頂き、神と共に生きることが赦されています。この世界がどう変わろうとも、人生に何が起ころうとも・・・です。この恵みをしっかりと心に刻んで下さい。「・・・無駄にしてはいけません」。
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by aslan-simba | 2015-08-06 05:55 | Comments(0)

〒612-8006 京都市伏見区桃山町大島86-29             京阪桃山南口より徒歩8分 ほっこりした教会、牧師の飼い犬です。
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