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Carpe diem

ある方から、清水寺貫主だった大西良慶師の話をうかがった。大西さんは百七歳で亡くなられたが、百歳のころ来日した米国の作家パール・バック女史との対談で、こんなやり取りがあったそうだ。「あなたは随分長生きだが、今まで一番良かったと思う時期はいつですか?」と尋ねる女史。それに対して大西さんは即座に「今やね、今がええねぇ」と答えた。お話し下さった方は「今を大切に、今に感謝して生きるのは見事だ」と感想を加えていた。どうだろうか。  ふと、二十年ほど前に見た「今を生きる」(邦題)というアメリカ映画を思い出した。米国東部のエリート高校を舞台に、新任の先生と生徒たちの心の交流を描いた物語だった。規律づくめの生活に縛られながら過ごす生徒たち。そんな彼らに、詩の学びを通して、自分の頭で考え、今という時を希望に満ちて生きることの素晴らしさを教えた先生。意外な方向へと展開されるストーリーを通して、教育とは何かのみならず、今を生きる意味とは何かを考えさせる作品だった。この映画のキーワードは「カルペ・ディーム」(Carpe diem)というラテン語。それは英語の「スィーズ・ザ・デイ」(Seize the day.)、つまり「今日をつかめ」、「今を生きろ」の意味だと説明されていた。以来、 Carpe diemは、私の好きな言葉のひとつとなった。また大西師の言葉「今がええねぇ」も本当に心に響く。  昨日でも明日でもない今日、今、ここを精一杯生きる・・・過ぎた過去の時を反省するのは大事だが、それに縛られてはならない。来るべき未来には、大いに希望をもちたいものが、その未来をつくるのは、他ならぬ今、今日にかかっている。聖書は「『恵みの時に、わたしはあなたの願いを聞き入れた。救いの日に、わたしはあなたを助けた』・・・今や、恵みの時、今こそ、救いの日」(コリント二6:2)と語る。過去・現在・未来の一切を導かれるお方が、今、ここに共にいて下さる。だから、気負わず、安んじて、しかも全力で今を生きたいと願う。そして笑顔を忘れずに・・・


☆1月27日説教「キリストの体」要約:
「知らないのですか。あなたがたの体は、 神からいただいた聖霊が宿ってくださる神殿であり、あなたがたはもはや自分自身のものではないのです」(コリント信徒への手紙一6:19) 私たちは十字架の贖罪によって、神の栄光を現すための体に変えられました。今やこの身体は、「キリストの体」の一部であり、神の霊が宿ってくださる「神殿」なのです。神さまはそのように、私たちを見ていて下さいます。その神さまの眼差しの下、私たち自身も、自らの姿を省み、正すべきところは正したいものです。聖霊の宮に相応しく・・・
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by aslan-simba | 2013-01-21 20:30 | Comments(0)

一日一日を大切に

「生涯の日を正しく数えるように教えてください」(詩編90:12)。 一月も半分が過ぎた。時は刻々と経って行く。新たなカレンダーにあらためて目をやる・・・今年は2013年、21世紀も13年目。そして平成25年、平成の時も四分の一世紀目に入った。普段は元号を使う機会がめったにないせいか、あらためて「昭和は遠くなりにけり」との感を深くする。思えば、学校で出会う学生は、みな平成生まれ、我が家の子供たちよりも年下だ。我ながら、いい年になったものだと実感させられる。もっとも、「人生百年」の時代を考えてみれば、未だ青二才の域にあり、達観の境地には程遠い・・・。 実際、まだまだしたいこと、しなければならないことは、幾つもある。わけても、この教会に対する我が使命をまっとうせねばならない。そうは言っても、気張らずにこれから先の人生も、祈りながら一日一日を大切に積み重ねて行きたい。「我らが外なる人は壊(こぼ)たるとも、内なる人は日々に新たなり」(コリント二4:16文語)を心に刻みながら。そんな今の自分の思いと重なる詩を二つ紹介しておく。 
「年をとることは いいことだ。 とってみなければ わからない世界が開けてゆく 特に今年は 何だかすべてが 新鮮だ」(坂村真民「世界」)。
「・・・きのう知らなかったことを きょう知る喜び きのうは気づかなかったけど きょう見えてくるものがある 日々新しくなる世界 古代史の一部がまた塗り替えられる 過去でさえ新しくなる きょうも新しいめぐり合いがあり まっさらの愛が 次々に生まれ  いま初めて歌われる歌がある いつも いつも 新しいいのちを生きよう」(川崎洋「いま始まる新しいいま」)。 
どうだろうか。 ともあれ、新たな年も皆さま方と共に、主にあって歩み出している。明るく元気に行こう。御導きの下、良き一年(ひととせ)となることを信じて。


☆1月20日説教「新生」要約:
「・・・神は豊かな憐れみにより、わたしたちを新たに生まれさせ、死者の中からのイエス・キリストの復活によって、生き生きとした希望を与え・・・」(ペトロの手紙一1:3)
私たちには、神さまから「生き生きとした希望」(原語「生きている希望」)が与えられています。 それは試練の中において輝き出し、力を発揮する希望であり、「朽ちる金」(7節)よりも、はるかに尊いものなのです。だから私たちはこの世の試練に負けません。 苦しみに負けない。悲しみに負けない。そして、死にも負けない・・・そのような「生きている希望」に与る、信仰の人生を頂いているのです。唯々、感謝。
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by aslan-simba | 2013-01-16 21:51 | Comments(0)

ありがとう

私共の教会が始まった頃、個人的に本当にお世話になった牧師先生がおられます。もう15年も前・・・当時、先生がお住まいになっていた教会の牧師館を、よくお訪ねし、お祈りを共にさせて頂きました。先生はいつも決まって、「ありがとうございます」という言葉を繰り返しながら、神さまに祈って下さいました。「ありがとう」という言葉が、生かされていることへの感謝の思いと、「常に喜べ。絶えず祈れ。凡てのこと感謝せよ…」(Ⅰテサロニケ5:16―18文語訳)という御言葉と重なって、不思議に心に響いたことを懐かしく思い起こします。「ありがとう」・・・力ある言葉です。 ところで、この「ありがとう」の語源は、法句経の「人の生を享くるは難く やがて死すべきもの 今いのちあるは 有り難し」の「有り難し」(稀有、めったにないこと)から来ているそうです。その意味するところ、「この世界には数多くの生物がある。その中で、今、ここに人として死なずに生かされている。それは本当に驚くべきほど稀有なことであるのだ」という「めったにないこと」への感謝・・・。言い換えれば、今、ひとりの自分として、こうして生かされていることへの、心からの思いが「ありがとう」なのです。そうです!十字架と復活の主にあって「救い」という大変「有難い」ことを、私たちはこの身にこうして頂いているのです。その事実を心に刻み、今年は、神さまへ、そして互いに心底「ありがとう」の思いを数多く言葉にする・・・「ありがとうの一年」にしましょう。そういえば、先日ある書店で目にした新書本に、こんなことが記されていました。「日常生活の中でできるだけ多く、『ありがとう』という言葉に触れることで、心にプラスのエネルギーを効率よく増やすことができる」と・・・ありがとうございます。


☆1月13日説教「目からウロコ」要約:
「ところが、サウロが旅をしてダマスコに近づいたとき、突然、天からの光が彼の周りを照らした。サウロは地に倒れ、『サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか』と呼びかける声を聞いた」(使徒言行録9:3―4)。
サウロ(パウロの別名)は、「サウル、サウル」と彼の名を呼ぶ天からの声を聞いた。それは、これまでの罪を赦し、確かな未来を彼に与えようとされる、復活の主の御声だったのである。神は、人の思いを遙かに超えた仕方で、私共に赦しと救いを下さる。私たちも今、パウロと同じ「救い」に与っていることを心から喜びたい。唯々、感謝。
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by aslan-simba | 2013-01-10 20:46 | Comments(0)

新たな年を迎えて

「初めに、神は天地を創造された」(創世記1:1)。この荘厳な御言葉を心に刻みながら、新たな年を迎えました。主の年2013年の到来を心よりお慶び申し上げます。使徒信条が第一に「我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず」と告白するように、本年も、共々に創造主の御旨に適い、その導きに従って、信仰の道を歩ませて頂きたく願います。 この造り主なる神を信じ、創世記から聞くのは、天地創造の物語を字義どおり記憶することではありません。すべてのものの根源として、今ここに在る神を銘記することなのです。言い換えれば、神さまを、自分自身の存在根拠だと真摯に確信することなのです。私たちはこの神によって生かされ、すべてはその御手に委ねられております。  神さまは、・・・「アルファであり、オメガである。初めであり、終わりである」(ヨハネ黙示録21:6)お方であり、この世のすべてを「統(すべ)しらす神」(讃美歌411)なのです。その造り主である神さまは、この私たちのささやかな人生の歩みも、その御手の内にしっかりと支えて下さいます。感謝。 ただし、私たちはその神さまご自身を、この目で拝見したことはありません。ヨハネは告げます。「いまだかつて、神を見た者はいない。父のふところにいる独り子である神、この方が神を示されたのである」(ヨハネ1:18)と。御子イエス・キリストが十字架と復活の歩みを通して、私たちに神を、その愛を、憐れみを示されたのです。 主イエスにあって万物の創造主を信じる私たちは今年、この国に、この世界に、神さまが新たな良き御業を起こされる事を信じます。もちろん、私たちの人生にも、新たな力を与えられることを確信します。御恵みに満ちたよき一年となりますように。


☆1月6日公現日/栄光祭の説教「新しい心」要約:
「わたしに聞け・・・主はシオンを慰め、そのすべての廃墟を慰め、荒れ野をエデンの園とし、荒れ地を主の園とされる。そこには喜びと楽しみ、感謝の歌声が響く」(イザヤ書51:1-3) 
主は「荒れ野」を「エデン(喜び)の園」に変えるお方です。しかし、私たちの「荒れ野」の現実が変わるために、まずは私たちの心が変わる必要があります。だから主は言われるのです。「わたしに聞け・・・」と。そうです。御言葉によって、私たちは新しくして頂くのです。

★桃山栄光教会は今年創立15周年を迎えました。
2013年(平成25年)1月6日(日)-教会暦では栄光祭にあたる
この日に新年の創立記念礼拝を行います。時間は10:30~11:30
です。
どなたさまもお気軽にお出かけ下さい。歓迎します。もちろん
信仰の有無などは一切問いません。
教会の礼拝から始まる一年、必ず良い年になります。
皆さま方の上に、神さまの御恵みが豊かにありますように。
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by aslan-simba | 2013-01-01 00:43 | Comments(0)

〒612-8006 京都市伏見区桃山町大島86-29             京阪桃山南口より徒歩8分 ほっこりした教会、牧師の飼い犬です。
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