<   2008年 12月 ( 4 )   > この月の画像一覧

新たな年へ

ラジオから子供たちの軽快なコーラスが流れてくる。「窓の外は 雪が降り積もる ごらんよ あの雪は今年の思い出 今年の空から舞い降りた 過ぎた春秋ひとつひとつが白い思い出 笑ったことや泣いたこと 今年もいっぱいありました」(雪の窓辺にて)。ふっと胸が熱くなった。今年も残すところあとわずか。古い年は過ぎ行き、新たな年がじきに巡ってくる。クリスマスの光の下にある年末は「希望の時」。忙しない手を休め、過去を顧み、未来を待ち望みつつ黙想する。 旅に生き、旅に死んだ俳人・種田山頭火が、ある年の暮れにこのように綴った。「おだやかに沈みゆく太陽を見送りながら、私は自然に合掌した。私の一生は終わったのだ。さうだ来年から新しい人間として新しい生活を始めるのである」と。そして詠う。「うしろ姿のしぐれてゆくか」・・・そうは言っても、新しくなれずに、相変わらずの漂白の人生を過ごしてしまったところが、いかにも彼らしい。山頭火の山頭火たる所以であろう。 翻って御言葉に生かされることを知っている私たちは過去に縛られるのではなく、ここに新しくされて、さらなる新たな歩みを踏み出したいものだ。新たな時へと全身を傾けて。 「現在の苦しみは、将来私たちに現されるはずの栄光に比べると取るに足らない」(ローマ8:18)のである。さあ、勇気をだそう。出発だ!
[PR]
by aslan-simba | 2008-12-26 21:02

  Have a Wonderful Christmas With Us!

☆21日(日)午前10:30~11:30ごろ  クリスマス礼拝
       午後12:00~14:00ごろ  クリスマス祝い会
★24日(水)午後19:00~20:00  キャンドル・サービス

 お気軽にお立ち寄り下さい。お待ち申し上げております。


αクリスマス礼拝の説教要約
「彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、 乳香、没薬を贈り物として献げた」(マタイによる福音書1:11)
東方からやって来た博士たちの黄金、乳香、没薬という三つの贈り物のなかに救い主イエス・キリストの使命 とその働きとが映し出されている。主は真実の王であり、私たちを神に執り成され、確かな生を与えて下さる。この主が共にあって、私たちは人生を歩み続けることが許されているのである。感謝にたえない。クリスマスとは、この事実を確認しつつ、私たち自身の身にまったき救いの完成が訪れることを望み待つ時なのである。今、このことを心に刻み、ここからまた、私たちの新たな一歩を踏み出そう。そこに必ず希望の道が拓かれる。
[PR]
by aslan-simba | 2008-12-19 21:03

待つ

ラジオから八十年代の懐かしいヒット曲が流れてきた。「わたし待つわ、いつまでも待つわ・・・」、「待つわ」、待降節の時期に相応しい曲というべきだろうか。たまたま今、手にしている太宰治の作品集にも『待つ』という三頁ほどの短編が載っている。 「省線のその小さな駅に、私は毎日、人をお迎えにまいります。誰ともわからぬ人をお迎えに・・・私は待っているのです。胸を躍らせて待っているのだ。眼の前を、ぞろぞろ人が通って行く。あれでもない、これでもない。私は買い物籠を抱えて、こまかく震えながら一心に一心に待っている」。 この作品は昭和17年の戦争中に書かれたという。「大戦争がはじまって」という表現が出てくるが、時代の特殊性も、ある種の高揚感も見られない。今を舞台に描かれていると述べても違和感はない。ひとつには作家自身の「待つ」ということへの思い入れが理由かも知れない。そう言えば、太宰自身、何かを待ちつつ、その何かが分からないままに生涯を閉じたと、ある人が記していた。 翻って私たちも今、「一心に待っている」。現実の世界には、なおも悲しみや呻き、苦しみがあるが、その根本的な解決と救いの完成の時が来ることを信じつつ、主の到来を待っている。共に「一心に」祈りながら・・・クリスマスを待つ待降節は、私たちの人生における待つべき方、待つべき事、そして待つべき本当の意味を教えてくれるのである。
[PR]
by aslan-simba | 2008-12-13 08:19

美しい季節

紅(くれない)や黄金色(こがねいろ)の木々の合間を歩く。おだやかな昼下がりの道。今日は暖かい日が与えられた。天を見上げ、空の色と木々の葉が織り成す絶妙のコントラストに感嘆する。優しい木漏れ日は私に御言葉を伝える。「主を賛美せよ・・・山々よ、すべての丘よ 実を結ぶ木よ、杉の林よ・・・」と(詩編148:7,9)。 12月初めの宇治も美しい。京都を囲む山々の頂(いただき)から始まった紅葉が、裾野へ下り、木々を色とりどりに明るく染め上げた。晩秋から初冬の味わい深い風景がここに現れ、季節の輝きを覚える。この幻想的とも言えるような束の間の美しさ・・・敷きつめられた錦の絨毯に足を踏み入れ、散りゆくさまにも表われる無条件の美に目をとめる。 そして北山に「時雨(しぐれ)」が降ると、山は眠りにつく。寒く冷たい冬の到来、その暗い静けさにおののき、心を閉ざしてはならない。そこに降誕節いう大きな御恵みの季節の訪れがあるからだ。神さまが天から下り、私たちの傍らに来て、共にいてくださることをさやかにされたクリスマス。この喜びの光に照らされつつ、私たちは新たな希望の年へ、さらなる人生の輝きのなかへと入って行けるのである。「神のなされることは皆その時にかなって美しい」(口語訳・伝道の書3:11)。
[PR]
by aslan-simba | 2008-12-05 19:45

〒612-8006 京都市伏見区桃山町大島86-29             京阪桃山南口より徒歩8分 ほっこりした教会、牧師の飼い犬です。
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31