ルイ・アームストロングのしゃがれた、しかし私たちを包み込むような温かい歌声がラジオから流れてきた。往年のジャズの名曲「この素晴らしい世界」  (What a wonderful world)である。仕事の手を休めて耳を傾けた。 「緑の木々、赤いバラが私たちのために咲いているのが分かる。この素晴らしい世界。 紺碧の空に浮かぶ白い雲、光り輝く一日が、夜の帳のなかに暮れてゆく。この素晴らしい世界。 空に輝く美しい虹の色はまた、行き交う人々を美しく染める。友人たちが『ご機嫌いかが』と手を握りかわす挨拶、それは『あなたを本当に思っています』と伝えていることが分かる。 赤ん坊たちの泣き声が聞こえる。彼らの成長を見届けたい。この子達は自分が今まで学んできた以上に、もっともっと多くのことを知ってゆくだろう。この素晴らしい世界。なんと素晴らしいこの世界」。 私たちの自然のなかに、そして生活の場に満ち溢れる豊かな御恵みを心から感謝し、「この素晴らしい世界」を讃美したい。今から未来へ続く確かな約束がここにある。普段は、それが見えていないかもしれないが、心を真摯に天に向けるとき必ず分かるはずだ。だから、心を高くあげよう。 「大自然は凡てのものが無声の声である 胸の中に受信機さえあれば神の声を聞くことができる」(著名な戦前の自然科学者/伝道者・佐藤定吉の言葉)。心にしっかりと「信頼」という受信機をもちたいものだ。
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by aslan-simba | 2008-11-28 18:53

冬がきたら―不屈の魂を

陽の光が厚い雲にさえぎられ、吹く風も冷たくなってきた。最後のすすきが寂しそうに揺れる十一月の午後。見上げれば、近所の家の柿の木の葉もすっかり落ち、残された実だけが静かに枝から垂れさがっている。山々も茶色に姿を変え、いよいよ冬が到来した。季節の移り変わり・・・ 仏教詩人・坂村真民の詩が口をつく。「散ってゆくから 美しいのだ 毀れるから 愛しいのだ 別れるから 深まるのだ 一切無常 それゆえに すべてが生きてくるのだ」(一切無常)、自然のいのちが、「はかなさ」ゆえに「尊い」ことが詠われている。私はそこに、日々を希望に生きる気構えを知る。 それゆえ「冬がきたら 冬のことだけ思おう 冬を遠ざけたりしないで むしろすすんで 冬のたましいにふれ 冬のいのちにふれよう」(冬がきたら)と彼は言うのである。その語りかけにもう少し耳を傾けよう。「冬がきたら 冬だけがもつ 深さときびしさと 静けさを知ろう・・・冬はわたしに いろいろなことを教えてくれる まずは沈黙の大事なことを すべての真理は この沈黙のなかからのみ 生れてくることを  それから自己鍛錬の大切なことを すべてのことを成就するのは この不屈の魂によってのみ 成功することを・・・」、厳しい冬もたくましく生き抜こうではないか。「不屈の魂」を支える信仰に与って。
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by aslan-simba | 2008-11-22 08:21

きらめきの秋(とき)

早朝の暗い道、寒さが身にしみるようになった。晩秋から初冬へと季節が足早に動いているのを肌で感じる。そういえば暦の上では、少し前からすでに冬。今年も紅葉のシーズンは始まっている。五十代の私が言うのは口幅ったいが、年齢を重ねるにつれ、紅と黄金色に染まるこの時期が本当に好きになった。一年のうちで自然がもっとも成熟した美を醸し出す時である。 四季の歩みは、草や葉が萌え出でる春に始まる。桜の木々が花をつけ、日本中が薄紅色に染まり、新たな旅立ちと希望を示す。次に訪れる輝かしい緑一色にうもれる夏は、明るく快活な躍動期。そして、暖かな色のきらめきの秋(とき)を迎えるのである。人の一生はこの四季の移り変わりにたとえられる。ならば高齢期は、もっとも充実した年代といえるだろう。それは神さまの御前に豊かな実りを表すのである。第二イザヤの言葉が響く。「見よ、主のかち得られたものは御もとに従い 主の働きの実りは御前を進む」(イザヤ書40:10-11)と。 澄んだ朝の空が青く優しく輝き始めていることに気付かされ、天を仰ぐ。どこまでも拡がる大空・・・不安をもって本格的な冬の到来を待つ必要はない。きっと良い冬を迎えられるはずである。御言葉はこう告げている。「草は枯れ、花はしぼむが わたしたちの神の言葉はとこしえに立つ」(40:8)。天地を造り、四季を司る神さまの大きな御力に与ってどこまでも歩み続けたい。
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by aslan-simba | 2008-11-15 15:53 | Comments(0)

天に向かって

「あなたの天を、あなたの指の業を わたしは仰ぎます。月も、星も、あなたが配置なさったもの。そのあなたが御心に留めてくださるとは 人間はなにものなのでしょう」(詩8:4-5)。 美しい秋の大空を仰ぎ、両手を高く広げ、天に向かって心からの祈りをささげる。全能で無限なる存在である神さまが、この卑小な私たち一人ひとりを大切に造ってくださった。そのことが心の奥深くにまで響いてくる。不思議な感覚だ。 神さまが、私たちに御心を寄せ、祈る一言ひと言を真剣に聞いてくださることが分かる。何と有り難いことだろう。 神さまを心から賛美し、全身全霊を込めて感謝しつつ祈り、ただただ憐れみを乞い願う。そのとき、自分が御手の内にあって、豊かな御恵みと愛のなかに存在していることに、気づかされる。このような祈りの時を大切にしたいものだ。そして、そこから今を生きる勇気と希望と力とを頂きたい。まったき救いのときを待ち望みながら・・・「神が来たりたもうとき、私たちは神の力と輝きに満たされます。神の憐れみもまた同時にやってきます。神の憐れみと力は一つだからです」(アブラハム・ヘシェル)。
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by aslan-simba | 2008-11-08 08:54

今年も11月最初の日曜日には、「聖徒の日」の逝去者記念礼拝をもてる。本当に有り難いことだ。この小さな自立・自治・自由をモットーとする我が教会が、こうして存在し続けている。感謝をもって主の導きを覚えたい。 ちなみにマタイ福音書の18章19,20節には、このような主イエス・キリストの御言葉が記されている。「また、はっきり言っておくが、どんな願い事であれ、あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、わたしの天の父はそれをかなえてくださる。二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである」。ただし、この御言葉は、少人数であっても懸命に集会をもっていさえすれば良いという意味ではない。その前の部分から繋げて読むならば、天の御国と結ばれて生きているか。また自らの願いや考えも超えて、主イエス・キリストを中心にして皆が集まっているかが、問われているのである。そして、そのことを自覚的に担えるのなら、どのような苦難、困難、よしんば迫害状況にあっても、神の栄光が私たち一人一人と共に在るのである。また天とも固く結ばれることを示される。 主イエス・キリストに従って、その聖霊の豊かな愛と御恵みに生かされる教会であり、私たち一人一人であり続けることができるように祈りたい。さらに、天上にある召された先人たちとも、主に在って結ばれていることを感謝をもって心に刻みたいと願う。
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by aslan-simba | 2008-11-01 09:04

〒612-8006 京都市伏見区桃山町大島86-29             京阪桃山南口より徒歩8分 ほっこりした教会、牧師の飼い犬です。
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