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朝風静かに吹きて

朝がゆっくりと明け、新たな日がはじまる。メンデルスゾーンのメロディーで歌う讃美歌30番が、低く口をつく。「あさかぜしずかにふきて、小鳥もめさむるとき、きよけき朝よりきよく、うかぶは神のおもい。 ゆかしき神のおもいに とけゆくわがこころは、つゆけき朝のいぶきに いきづく野べの花か。・・・」。 この讃美歌の原詩(Still,still with Thee, where purple    morning breaketh)は、『アンクル・トムの小屋』を書いたストウ夫人によるもの。「わたしが目ざめるとき、わたしはなお、あなたと共にいます(When I awake, I am still with    you)」(詩篇139:18・口語訳)、この御言葉を早朝の静寂のなかで確認し、日々祈ることによって夫人の人生は支えられたと聞く。 心地よい涼風に誘われ、外へ出る。見上げれば、空には曼珠沙華の花びらのような形の雲が広がり、そこから天上の白い光がやさしくこぼれてくる。彼岸の世界からの大切なメッセージを頂いたようだ。これを、心に重いものを抱えて今を生きる人々に伝えたい。この光が、昨日までの私たちの悲しみを癒し、まとわりつく悩みを必ず解決してくれるはずである、と。 足下に栗のイガが落ちていることに気がついた。収穫の日々も近い。山々もじきに赤く色づくことだろう。この豊かな季節に感謝し、神さまと共に今日一日の旅路を元気に歩みたい。「わたしは御力をたたえて歌をささげ 朝にはあなたの慈しみを喜び歌います。あなたはわたしの砦の塔、苦難の日の逃れ場」(詩編59:17)。
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by aslan-simba | 2008-09-25 08:54

秋の七草

台風が過ぎ去った。気づけば自然は一層、初秋の色を増している。高い空に凛とした空気が漂い、すがすがしい。耳につく響きはセミの声から、虫の音へ。道をゆけば、可憐な季節の草花が、日々の疲れを負った私たちの心をなごませてくれる。昔からそうだったのだろう。 千数百年も前の『万葉集』に、「秋の七草」が詠まれている。萩(ハギ)、尾花(おばな-ススキ)、葛(クズ)、撫子(ナデシコ)、女郎花(オミナエシ)、藤袴(フジバカマ)、桔梗(キキョウ)。日本の秋の原風景に置かれる草花がここに示されている。 また、昭和十年に東京日々新聞が、当時の著名人に依頼して「新・秋の七草」を選定した。それによれば、秋桜(コスモス・菊池寛)、白粉花(オシロイバナ・与謝野晶子)、彼岸花(ヒガンバナ・斉藤茂吉)、秋海棠(シュウカイドウ・永井荷風)、葉鶏頭(ハゲイトウ・長谷川時雨)、菊(キク・牧野富太郎)、赤飯(アカマンマ・高浜虚子)とされた。外来種が混じるところに、昭和モダニズムを感じる。ともあれ、このなかのアカマンマが、何か分からなかった。 今日、たまたま家のそばの駐車場に生えているアカマンマを、妻が教えてくれた。別名、犬蓼(イヌタデ)。以前から目にしていた雑草だが、名前が分かると本当に嬉しいものだ。 この二通りの「秋の七草」・・・それらは無病息災の食とされる「春の七草」とは、また違った趣がある。時空を超えてそこに、万葉の人々の祈り、昭和初期の人々の願いが、今の私たちの思いと重なり、この季節の野原に広がっているようだ。
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by aslan-simba | 2008-09-20 08:44

十五夜お月さん

夜半に瞑想。昔のことが懐かしく思い出される。ふと、幼児だった頃のことがよみがえってきた。 中秋のこの頃には、母は月のウサギの話を妹や私にしてくれたものだ。また、祖母が「ひろしはウサギだから・・・」とよく言っていた。単に、私の干支についてのことだったが、「うさぎ年」である自分が、妙にうれしく、月にも飛んで行けるような思いがした。 幼稚園では、「うさぎ うさぎ 何見てはねる 十五夜お月さん見てはねる」と、わらべ歌をうたいながらする手遊びを教えてもらった。さらに、先生がこのような童謡を歌って聞かせてくれた。「十五夜お月さん ご機嫌さん 婆やは お暇(いとま)とりました。 十五夜お月さん 妹は 田舎へ 貰(も)られて ゆきました。 十五夜お月さん 母(かか)さんに も一度わたしは 逢いたいな」・・・今、あらためて歌詞を読み、短調のメロディーを口ずさむと胸が張り裂けそうな思いがする。母親の死、旧家の没落、一家の離散が幼い少女の目を通して歌われている。大正九年に発表された童謡だそうだが、その当時、こういった「少女」が何人もいたのだろうか。「少女」の願いは、やがて「天国」において叶えられたと信じたい・・・。 表に出て、月を見上げる。潮の満ち引きや、人の出生にもかかわる月、そこから放たれる白い光は、私たちを、過去、現在、未来を超えた自分へ、ただただ御手にすがり、感謝に生きる思いへと誘ってくれる。神さまが今日は、美しいお月さまを通して語りかけてくれたようだ。
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by aslan-simba | 2008-09-11 09:35

白露は地に滋く

長かった夏休みも終わり、登下校する子供たちの姿を見かけるようになった。日中は相変わらず汗ばむものの、朝夕はしのぎやすい。暦の上では七日から、白露(はくろ)に入る。この時期、夜中に大気が冷え、早朝、草木や花々に露が結ぶところから、そのように言われる。 白露・・・なんとも美しい表現だ。明け方の白い陽の光の下で、玉のようにきらめき輝く水晶のような白い露をリアルに言い表している。 ただ、「露」という言葉には、どこか「はかなさ」、「こわれやすさ」また「あっけなさ」といった無常観が感じられる。 唐の時代に、すべてを投げ打って、名高い詩人になろうとしたものの、そうなれずに、虎になってしまった男の話がある。中島敦の『山月記』、その物語のクライマックスの景色を記した一節を思い起こす。「時に、残月、光冷ややかに、白露は地に滋(しげ)く、樹間を渡る冷風は既に暁の近きを告げていた」。情景が眼前に浮かぶようだ。虎になった男は、自らの思いのたけを旧友に語り、再び山中へと消えて行く。白露の季節、その夜明けの冷たさの下を。 私たちも今、仲秋の入り口に立っている。耳を澄ませば虫たちの音色に気づく。秋という短いとき、背後には長く厳しい冬の予感があることは否めない。しかし、たじろがず、おそれずに、清々しいこの季節の恵みの内を、新たな希望を抱いて雄々しく歩んで行きたい。
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by aslan-simba | 2008-09-06 09:14

〒612-8006 京都市伏見区桃山町大島86-29             京阪桃山南口より徒歩8分 ほっこりした教会、牧師の飼い犬です。
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