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逝去者記念の日

目にしみるように晴れ渡った青空、道を行けばコスモスの花がさわやかな風に揺れ、野菊がつぼみを大きく膨らませている。十月下旬の秋日和の午後を歩く・・・。例年通り、この時期に舞う黄色や白色の蝶たちに出会う。蝶はあの世とこの世を行き来する魂の姿と聞くが、今年も逝去者記念の日が近いことを告げている。 この記念日をプロテスタント教会は11月の第一日曜日に「聖徒の日」として守っている(俗に言う「永眠者記念日」だ)。その起源は中世のカトリック教会へと遡る。それは11月1日を聖人たちの遺徳を覚える「諸聖人の日」(万聖祭)、2日を亡くなった信者たちを追悼する「死者の日」(万霊祭)としたことによる。人々は、この日を近親者の追善供養の日として大事にして来た。この伝統が今日にまで及んでいるのである。見方によれば、それはキリスト教版のお盆やお彼岸とも言えるだろう。 ちなみにお盆は、地獄に落ちた母親を助けた仏弟子の故事に由来するゆえか、地獄の釜の蓋が開き、ご先祖たちが帰ってくると言い習わす。古い時代の民間キリスト教もそうだった。ケルト人たちは10月末には死者の霊が戻ってくると言った。そこから「諸聖人の日」(All Hallows)の前夜祭(eve)が、「ハロウィーン」(Halloween)として祝われるようになったのである。 なお、浄土真宗のお坊さんによると、門徒にとってお盆は家族揃って仏前にひざまずき、亡くなった人々を偲ぶと共に、自分が賜っているいのちに感謝する日という。まったく同感・・・今年は11月4日(日)、季節の深まりのなかで、私たちもその日を迎える。
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by aslan-simba | 2007-10-27 14:21 | Comments(0)

秋(Herbst)

秋の色合いが濃くなってきた。紅葉の季節は、そこまで来ている。この時期になると決まって読むのが、二十世紀のはじめを生きたドイツの抒情詩人ライナー・マリア・リルケの詩集だ。特に「秋」(Herbst)という詩には心引かれる。ものの本には、ここに彼の神秘主義的宗教観が出ていると記されるが、むしろそこに普遍的なものを私は感じている。 「木の葉が落ちる 落ちる 遠くからのように 大空の遠い園生が枯れたように 木の葉は否定の身ぶりで落ちる  そして夜々には 重たい地球が あらゆる星の群から 寂寥のなかへ落ちる  われわれはみんな落ちる この手も落ちる ほかをごらん 落下はすべてにあるのだ けれども ただひとり この落下を 限りなくやさしく その両手に支えてくれるものがある」(富士川英郎訳)。  木の葉のように、やがては衰え、朽ちて落ちてゆく私たちの生・・・盛者必衰、会者定離の理は、洋の東西を問わない。しかし、そのようなはかない存在である私たちを、その根底においてしっかりと支えてくれる方があるという。私たちを超えた超越者、「神」の恵みの御手ということなのだろう。 そう言えば、このリルケの影響を深く受けた立原道造は、こんな詩を記していた。「未来よ 希望よ あこがれよ 私の小さい翼をつつめ! そして 私は うたふだらう 大きな真昼に 醒めながら 飛びながら なほ高く なほとほく」(「歌ひとつ」)。これは死に向かい合って生きた若き詩人・立原のリルケに対する応唱のように思えるのだが・・・
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by aslan-simba | 2007-10-19 21:09 | Comments(0)

白い曼珠沙華

「つきぬけて天上の紺曼珠沙華」(山口誓子)。 曼珠沙華、遠い縄文の世に、大陸から対馬海流に乗って稲と共に、この地に渡ってきた花である。この赤い花は、「天から降る慶事」の兆しを示すという。その謂れは法華経から由来するようだ。もっとも、その色合いには、正直、毒々しさすらも感じる(事実、茎には毒性があるとのこと)。摘んだら、「手が腐る」、「家が火事になる」と、言われた記憶が甦る。おそらくは、その毒から小さな子供たちを遠ざけるためのものの謂いだったのだろう。昔、この花が墓地によく植えられた理由も、茎の毒性を利用してイタチやモグラから土葬を守るためであったと聞く。 ともあれ、例年、この花が近所の土手を真っ赤に染めていることに気づくのが、ちょうど九月のお彼岸のころ。空の青い色との絶妙なコントラストに感嘆させられる。彼岸花とは、よく言ったものだ。 今年のお彼岸はすでに過ぎ、遅いと思っていたが、金木犀の香るこの時期に到って、やっと満開の彼岸花を見かけることができた。しかも、それは、妖しげな赤い色ではない。秋の夕陽に照らされ、白く輝いている・・・「白い彼岸花」(白曼珠沙華)なのである。清楚で美しいこの花との出会いに心癒される思いがする。ちなみに、その花言葉は、「悲しい思い出」だそうだが、私にとってこの花との出会いは、きっと嬉しい思い出になるだろう。ただ、何か悲しい思い出や辛いことが私たちにあるなら、この花に話かけてみてほしい。白い曼珠沙華はそれを静かに聞き取り、きっと励ましてくれるはずだ。
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by aslan-simba | 2007-10-12 10:19 | Comments(0)

今日もワクワク

最近、あるラジオ番組でも紹介されたが、20世紀初頭のイギリス児童文学『くまのプーさん(Winnie-the-Pooh)』には、今なお、私たち大人をもひきつける何かがある。原作はディズニー映画とは多少異なり、ゆるやかでほのぼのとしたストーリー展開となっている。おそらくは作者ミルンの人柄を映し出しているのだろう。その物語のくだりに、こんな場面があった。金色に輝く夕暮れの道を、家路へとたどる熊のプーと子豚のピグレット。その二人の語り合い――ピグレットは、プーに尋ねます。「プーさんは朝目覚めたら、真っ先に思うことはなあに(When you wake up in the morning, Pooh, what’s  the first thing you say to yourself?)」、「朝ごはんは何かなって・・・ピグレット君はどうなの(What’s for breakfast? What do you say,   Piglet?)」と、プー。ピグレットは言います「あのね、僕はね、今日はどんなワクワクすることがあるかなって思いめぐらすんだ(I say, I wonder what’s going to happen exciting to‐day?)」―― 十月、美しい秋の夕暮れ、あかね色に輝く夕焼けの空の下を歩く。いろいろなことがあった一日を振り返りながら。そのひとつひとつを御恵みとして受け容れたいと思う。そこから明日へと希望を託して生きる力を頂くのである。明日の朝も目覚めたとき一番先に思うことは、きっと、「今日はどんなワクワクすることがあるだろうか」ということになるはずだ。共々に、そう願いながら日々を積み重ねてゆければ幸いだ。
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by aslan-simba | 2007-10-04 18:46 | Comments(0)

〒612-8006 京都市伏見区桃山町大島86-29             京阪桃山南口より徒歩8分 ほっこりした教会、牧師の飼い犬です。
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