2013年 06月 13日 ( 1 )

泰然自若

 あまり野球のことは詳しくないが、今年のプロ野球、阪神タイガースが頑張っているようだ。この調子で勝ち進み、関西を、日本をますます元気づけて行って欲しい。
 二年前、その阪神の監督就任会見を、たまたまニュースで見たが、そこで和田監督は座右の銘を「泰然自若(たいぜんじじゃく)」と述べていた。 泰然自若とは、「ゆったりと落ち着いて平常と変わらないさま(『広辞苑』)」のこと。「冷静沈着」、「平常心」、「不変不動」などとも言い換え得るだろう。熱狂的フアンの多いあの大球団を導く監督にとって、重要な心構えに相違ない。
 良寛禅師がこう詠っていた。「捨てし身をいかにと問はば久かたの 雨降らば降れ風吹かば吹け」、「災難に遭う時節には災難に遭うがよく候。死ぬる時節には死ぬるがよく候。是はこれ災難をのがるる妙法にて候」と。このような生き方こそが禅の「雲水(うんすい)」の心なのだろうか。泰然自若なのだろうか。
 禅の世界だけではない。この極地に私は、人となられた主イエスを思う。主は行く雲の如く、流れる水の如く公生涯を歩まれ、一切を父なる神にお委ねになっていた。泰然自若たる主イエスの御姿を示す逸話は、福音書に事欠かない。たとえば手元の聖書に、「嵐を静める」箇所が出ている。船に乗ったイエスたち一行、ガリラヤ湖が嵐で荒れ狂っても、主イエスだけは静かに眠ってる。弟子達に起こされると風を叱りつけ、湖を凪にされ何事もなかったように語る。「なぜ、怖がるのか、まだ信頼しないのか」(マタイ8:26)。
 その主は、私たちにこう教えられる。「空の鳥を見なさい。・・・天の父は鳥を養っていて下さる。あなたがたは、鳥よりも価値あるものではないか」(マタイ5:26)と。
 私たちも平常心、動じない心もって人生を歩みたいものだ。それを示される主イエスが、私たちと絶えず共にいて下さるのである。だから、どんな物事が起きようとも、世に打ち勝っておられる勝利者キリストの導きに委ね、安んじて道を行こうではないか。



☆6月16日説教「真実な神」要約:
「主も最後まであなたがたをしっかり支えて、わたしたちの主イエス・キリストの日に、非のうちどころのない者にしてくださいます」(コリントの信徒への手紙一1:8)
 真実な神は、私たちをキリストの交わりへと導いて下さいました。「しっかり支える」とは、「しっかり立たせる」という意味の言葉です。つまり、私たちのこの人生の歩みをイエス・キリストが支え、立たせて下さるのです。また「最後まで」とは、私たちが天上のキリストに出会う時まで、すなわち救いの完成に与る日までという事なのです。感謝。
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by aslan-simba | 2013-06-13 22:28 | Comments(0)

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