地蔵盆を迎えた。八月もあとわずか。五山の送り火と地蔵盆が終わったら、京都の季節は変わる。お地蔵さまが「涼しさ」を運んでくれるのだろうか。お地蔵さまのことを思いながら、ふっと家の子供たちが小さかったころ読み聞かせた「笠地蔵」の話を思い出した。 ある雪深い地方に、おじいさんとおばあさんが住んでいた。この老夫婦は極貧で、大晦日なのに餅の用意さえできなかった。「何とかせねば」と、おじいさんは手製の笠を五つ携えて町に売りに行く。しかし、ひとつも売れない。その帰り、あいにくの吹雪のなかを立ち尽くす六体のお地蔵さんたちと出会う。おじいさんは売り物の笠を五体に丁寧に被せ、足りない一体分はおじいさんの大事な手ぬぐいをのせ、祈りを捧げる。家に戻り、おばあさんにこのことを話すと、「良いことをして下さった」とおばあさんは、文句ひとつ言わずに喜んでくれた。その日の夜更け、外でなにやら物音が聞こえる。戸を開けてみると家の前には餅や野菜がたくさん積んであった。そして、これを運んできたお地蔵さんたちの遠ざかってゆく後姿が目に入った・・・(昔話の常で、物語は他にもバリエーションがあるが、大筋これでよいだろう)。 おじいさん、おばあさんの打算のない優しい姿に心洗われる思いがする。また、この老夫婦を見守り、支えるお地蔵さまたちが愛らしい・・・。ちなみに、地蔵菩薩は子供たちの守護だけでなく、この世とあの世の境に立ち、苦悩を抱える人々を豊かな慈悲をもって救うという。お地蔵さまのありようにもイエス・キリスト様の憐れみに満ちたお姿が透けて見えるような気がして・・・有り難いことである。