雑草こそは

「雑草こそは賢けれ、野にも街にも人の踏む 路を残して青むなり。 雑草こそは正しけれ、如何なる窪(くぼ)も平らかに 円く埋めて青むなり。 雑草こそは情けあれ、獣のひづめ、鳥の脚、すべてを載せて青むなり。 雑草こそは 尊けれ、雨の降る日も、晴れし日も、 微笑ながら青むなり」(与謝野晶子「雑草」)。 雨上がりの朝、早朝の白い光のなかに草花の露がきらめく。目を上げれば、一段と色濃くなった夏木立の緑がたくましい。今朝も暗いうちから歩きはじめ、ここに新たな一日が開始された。 家へと戻る途上、いつものように連れの犬たちと近所の広場に立ち寄る。彼らは、ここに生い茂る雑草と戯れるのを楽しみにしている。その姿を見つめながら思う。雑草が、昨日までの私たちの「人生の窪」を「平らかに」してくれるのだ、と。そう、生きる痛みや苦しみ、そして悲しみをもまるく埋めて微笑む名も無い草花が今、温かい眼差しをもって、私たちをなごませてくれている。 自然の木々、花々を見つめ、さらには雑草たちにふれあいながら、尊い<いのち>を覚え、御言葉をここに頂く。「木には希望がある・・・」(ヨブ記14:7)、「野原の花がどのように育つか考えて見なさい・・・」(ルカ12:27)。そして、「今日のいのちを精一杯に生かさせてください」と、犬たちと共に祈っている自分に気づかされる。なんとも有り難く、もったいないほどの朝に今朝も与れた。感謝にたえない。
合掌。
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by aslan-simba | 2008-07-11 20:14

〒612-8006 京都市伏見区桃山町大島86-29             京阪桃山南口より徒歩8分 ほっこりした教会、牧師の飼い犬です。
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