沙羅双樹の花

散歩の折に、近所のお宅の庭先に見かけた清楚な白い花、妻が沙羅双樹の花と教えてくれた。この時期、朝に花をつけ、夕べには落ちてゆく一日花(ひとひばな)である。そのはかなさを心に刻みながら、見とれる私の耳元に、「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を表わす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢の如し。猛き者も遂には滅びぬ、ひとえに風の前の塵に同じ・・・」と切なく奏でる琵琶の音色が、聞こえてくるようだった。いくさに明け、いくさに暮れた日々の空しさ・・・人間は平家物語の昔から、多少なりとも進歩したのだろうか。 同時に、主イエスの御言葉も、心の中に響き渡る。「栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる・・・」(マタイ5:29,30)。 不思議なことに、その目の前の沙羅双樹の花が、私に大切なことを伝えてくれているように思われた。「今この時を、この花のように精一杯に生きなさい。明日を心配しても始まらない。最後まで委ねて励みなさい」と。 さらには、子供の頃に母から聞いた話を思い出させてくれた。沙羅双樹の下で亡くなったお釈迦様は、いっせいに咲き乱れたその花に、おおわれながら入滅されたという逸話を・・・。そう言えば、今日は、母の祥月命日の日だ。
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Commented by nikoniko at 2007-06-14 21:51 x
先週「キリシタン紀行三日間」の旅に参加しました。長崎と平戸の教会めぐりで遠藤周作の沈黙の舞台を訪ねました。沈黙に出てくるトモギ村がどこにあるのかずっと分からずにいましたが外海地区だったそうです。あんな辺鄙な海辺の山の中に隠れ住んでいた者達まで探索の手が延びて徹底的に迫害があったのかと思うと、改めてキリシタンたちの苦労と悲しみが伝わってきて胸の痛む思いでした。今建っている教会は禁教令が解けてから明治以後に建てられたものでゴシック様式、ロマネスク様式とステンドグラスの美しい教会ばかりでした。この背後にあった残酷な歴史を思いながら今の自由な時代をどんなに感謝したことでしょう。
晴天に恵まれ長崎の夜景、平和公園、26聖人の碑、グラバー園などどこも素晴らしく感慨深いものがありました。次は島原、天草方面に行きたいと思うこの頃です。
Commented by masa at 2007-06-16 01:26 x
この2週間久しぶりに過酷な仕事をしました。休日はなし。2,3日前は朝9時から翌日夜9時までの徹夜で36時間のぶっとうし。そして今夜ほぼ完了した。ああ、この気持ちのよいこと!やめられないなあ、この仕事。
さあ、これから目が覚めるまで寝るぞー。62歳もまだ若い。
by aslan-simba | 2007-06-14 09:57 | Comments(2)

〒612-8006 京都市伏見区桃山町大島86-29             京阪桃山南口より徒歩8分 ほっこりした教会、牧師の飼い犬です。
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