十五夜と祈り

 FMラジオの収録から始まった9月最後の週、学校の方も新学期が始まり、同時に所用も重なり、気忙しい毎日が続きました。

 さて来週以降の予定を確認すべく、ダイアリーと共に暦を見て気づいたのですが、今年は104日が、仲秋の名月、いわゆる十五夜・・・。古くから
「月づきに月観る月は多けれど 月観る月は この月の月」と詠われてきた美しい観月の日です。観月という言葉を使うと、以前にも書いたことがあるのですが、唐の詩人・李白の捉月台(そくげつだい)伝説を思い起こします。 ある月の美しい夜、李白は正装をして舟に乗る。舟上で取り巻きと月を愛でながら酒に興じた。その度が過ぎたのか?・・・水面に映る月を捉えようとして舟から落ち、帰らぬ人となったという話です。

 ところで、ものの本によると、日本人も古い時代からお月見を楽しんできたようです(縄文時代からとか!)。これを行事として取り入れたのは平安時代の貴族でした。唐の国の影響もあったのでしょう。それは満月を見ながら詩歌を詠むという趣向でした。

 一般庶民が名月を鑑賞するようになったのは、江戸時代になってからです。今日では、お供えはお団子とススキが定番ですが、江戸時代は収穫期の里芋を供え、十五夜を「芋名月(いもめいげつ)」と称した由。そのようなところからお月見は秋の収穫を神へ感謝する農耕行事といった色彩も加わりました。ですから、その月見は、捉月台伝説に示されるような酔狂の世界ではありません。月を愛でつつ、神への感謝の祈りという要素もあったのです。神さまは、私たちの先人たちの、そんな祈りもしっかりと聞き分けてくださって来られたのです・・・。

 美しい月を造ってくださった神さまに感謝します。そして豊かな収穫を恵み、私たちの命を育んでくださる主に、ますますの栄光がありますようにと心から祈ります。

「あなたは地に臨んで水を与え、豊かさを加えられます。神の水路は水をたたえ、地は穀物を備えられます。あなたがそのように地を備え、畝を潤し、土をならし、豊かな雨を注いで柔らかにし、芽生えたものを祝福してくださるからです」(詩編651011


101日説教「福音の前進」要約:

「兄弟たち、わたしの身に起こったことが、かえって福音の前進に役立ったと知ってほしい」(フィリピの信徒への手紙112

 我が身に降りかかった災難すら通して、神は福音を前進させてくださる。その事実と確信をパウロは力強く語ります。自由を奪われ、命さえ奪われる状況下でも、なおそこで喜びをもって生きるパウロの姿に励まされる思いです。

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by aslan-simba | 2017-09-29 06:51 | Comments(0)

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