晩秋の祈り

 高村光太郎の「秋の祈」という詩の一節から。「秋は喨々(りょうりょう)と空に鳴り 空は水色  鳥は飛び 魂いななき  清浄の水こころに流れ こころ眼をあけ 童子(どうじ)となる・・・」。

 「喨々」は明るく澄んだ音が響きわたるさまを言い表す表現。澄み渡たる秋空は真っ青、自らの心も清くされ、無垢な子供の心のようになって行くと詠っているのです。 さらに、この詩の最後の部分にはこうあります。「・・・
よろこびとさびしさとおそろしさとに跪(ひざまず)く いのる言葉を知らず ただわれは空を仰いでいのる 空は水色 秋は喨々と空に鳴る」と。

 今から四十数年前、11月のちょうど今頃。高校の修学旅行で、光太郎の「乙女の像」のある十和田湖畔を訪れました。あの時の美しい晩秋の光景が、昨日のことのように甦ってきます。そして感謝と祈りをもって芸術に取り組んだ詩人・彫刻家の歩みに思いを馳せます・・・。

 ところで1123日は勤労感謝の日。戦後に「勤労を尊び、生産を祝い、国民が互いに感謝しあう日」と規定された祝日ですが、元々は「新嘗祭(にいなめさい)」と呼ばれ、五穀豊穣を天地の神に供えて感謝の祈りを捧げる日でした。国民の祝日の起源を辿るとそのように、先人たちの宗教性が垣間見えてまいります。

 祈る心と感謝の思い・・・それは古くから、この国の自然と共に日本人の精神性の深いところにあって、人々の心を養ってきたものでしょう。日々の安寧を祈り、与えられた恵みに感謝し、自分のことだけではなく、自分を支えてくれるすべての命に感謝する。一人では何もできない、至らない自分であるのを知るからこそ、祈りと感謝をもって、命のつながりを意識する行いが連綿と続いて来たのだと思います。この伝統を大切にするところに、私たちはキリストの信仰を与えられています。ありがたいことです。

 内村鑑三の墓碑銘をあらためて思います。I forJapan. Japan for the world. The world for Christ. And all for God.
(私は日本のために。日本は世界のために。世界はキリストのために。そして全ては神のために)・・・。



☆1120日説教「神にはできる」要約:

「人間にできることではないが、神にはできる。神は何でもできるからだ」(マルコ福音書1027

「神は何でもできる」・・・神は、私たちの罪を赦し、私たちを救うこともおできになる。この御言葉を語られた主イエスは、その神の御業を成し遂げて下さったのである。私たちはひたすら、その神の恵みに応えて生きる者でありたい。

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by aslan-simba | 2016-11-16 19:32 | Comments(0)

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