聖母マリアと摩耶夫人

 新たな春の到来を告げる復活節。不思議な事に仏教でも、この花の季節に大きなお祭りがあります。4月8日、釈尊誕生を祝う「花祭」(灌仏会)です。また釈尊が亡くなった涅槃会は2月15日。この二つの法会の季節感、時期的にレントとイースターにかぶり、興味深く思います。

なお涅槃会のテーマは2月10日の記事でも触れましたが、多くのお寺に伝わる涅槃図に描かれて来ました。実は先日、ある涅槃図を見る機会がありました。そして、そこに描かれる釈尊の母、摩耶夫人(まやぶにん)の姿に気づき、ふとイエスの母マリアを思いました。

 普通、涅槃図というと、沙羅双樹の下で入滅したブッダを嘆き悲しむ人々や動物に着目します。しかし、そこには、たなびく雲に乗り、天上界から駆けつける摩耶夫人の姿があるのです。ちなみに彼女は釈尊を生み7日後に亡くなりました。死の床にある老いた息子のもとに向かう若い母の姿、悲しみをたたえつつも、毅然とした表情で・・・。何か主イエスの母マリアと重なるように感じたのです。

 ならば、あの時、十字架の下にたたずんだ実際の母マリアはどうだったでしょうか。彼女は摩耶夫人とは異なり、中年の域に達していました。そんな彼女が、三十代の息子の死と直面せねばならない。しかも彼はもだえ苦しみながら死を迎えようとしているのです。不当な裁きのゆえに。これを正視できるような親などいないはずです。それでもマリアは最後までイエスに付き添った(ヨハネ19:25―27)。何とも気丈な・・・。

 思えば、イエスの母に選ばれたために、彼女は聖霊による受胎から始まり、イエスの十字架の死まで、大変な人生を歩まねばなりませんでした。彼女ほど神の御計画に振り回された人間もないでしょう。しかしマリアはそれに耐え、黙々と歩んだ祈りの人でした。だからこそ、後の教会が彼女を聖母と呼んだのも理解できるのです。

 このマリアの信仰、また難産で早世した摩耶夫人の思いもそうでしょうが、そこに試練と共に忍耐の中で生きる者の真摯な祈りを聞きます。そして、それは復活の御力に与ってよきものへと必ず変えられて行く・・・。今、まさに命と希望の復活の春が訪れました。



☆4月3日説教「燃える心」要約:
「二人が、『一緒にお泊まりください・・・』と言って、無理に引き止めたので、イエスは・・・」(ルカ福音書24:28)
 「一緒にお泊まりください」この言葉は復活のキリストに対する祈りである。ルカは福音書の最後にキリストへの祈りを記した。なお私たちが教会に集うこともまた、その祈りの具体的表現なのである。
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by aslan-simba | 2016-04-03 00:50 | Comments(0)

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