ムネアカドリと十字架の主

 書斎に山積する本の整理をしていた折に、『むねあかどり』という絵本が本棚の端にあるのを発見しました。子供たちが小さかった頃、読んで聞かせたものです。またこの教会が始まった頃のレントの時、この話を説教で紹介した記憶も甦ってきました。

 こんな内容の話です。遠い昔、神さまは一羽の灰色の小鳥を造り、「ムネアカドリ」と命名して放たれました。ムネアカドリは、自分がどんなに美しい姿かと思い、池にその姿を映しますが、ただの灰色。そこで神さまに尋ねます。他の美しい鳥たちと違い、「なぜムネアカドリという名前をいただいた僕だけが、こんなくすんだ色なんでしょうか?」。神さまは言います。「わたしがそう決めたのだ。しかし、いつまでも、そのままだとは限らないよ」と。

 そこでムネアカドリは、美しい赤い色をもった鳥になるために努力するのです。赤い野バラの茨の中に巣をつくったり、強い鳥を相手に闘ったり、胸がはりさけるほど大きな声で歌ったり・・・しかし、胸は赤くなりませんでした。

 そのうちに彼は歳をとってしまいました。そんなある日、ムネアカドリはエルサレム城外のゴルゴダの丘で、十字架刑が執行されるのを目撃するのです。額に血が滲み、苦しそうな息遣いを続ける十字架上の人・・・。たまらなくなったムネアカドリは、茨の冠を被せられたその人の下に飛んで行き、その額のとげを一本二本と口ばしで引き抜きました。すると、その額の血がムネアカドリの灰色の胸を赤く染め始めました。その人は囁きます。「ありがとう。今からお前は本物のムネアカドリだ」と。

 物語の原作者ラーゲルレーヴは、スウェーデンの女流作家で、民話や伝説をもとにキリスト教信仰に基づく童話をつくった人です。

 このムネアカドリの物語と讃美歌515が重なります。「十宇架の血にきよめぬれば、『来よ』との御声を われはきけり。 主よ、われはいまぞゆく、十字架の血にて きよめたまえ」、年老いたムネアカドリの願いはまさにキリストによって成就・・・。何歳になっても十字架の主に在って、希望はついえないのです。

 絵本の最後にこうあります。ムネアカドリの赤い色は、「赤いバラの花よりももっと赤く、子孫の小鳥たちの胸を彩っています。あのエルサレムの外の出来事を思い起こさせるように・・・」。




☆2月21日説教「天からの恵み」要約:
「・・・イエスは五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで、それらのために賛美の祈りを唱え、裂いて弟子たちに渡して群衆に配らせた。すべての人が食べて満腹した・・・」(ルカによる福音書9:16)

 群衆は単にパンと魚によって満たされたのではない。天の恵みを共に分かち合う喜びによって満たされたのだ。 群衆が味わったのは、まさに神と人とが共にあり、人と人とが共にあって恵みを分かち合う神の国の喜びだったのである。
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by aslan-simba | 2016-02-19 12:08 | Comments(0)

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