貴高いサムライ精神

 ドラマでよく取り上げられる幕末~明治の人々。そんな主人公たちにゆかりの場所が、京都には数多くあります。いつか時間が許せば、ゆっくりと散策したいものです。

 さて、その激動の時代を生きた若きサムライの多くは、危機意識に目覚め、「日本を独立国として、如何に諸外国と対峙させて行くか」、そのための国のかたちは「公武合体か」「王政復古か」を命がけで問うたのです。 明治になると「国の仕組みを如何に築くか」という難問が待ち受けていました。近代立憲主義に基づく憲法の施行と議会の開設は、明治半ば。そこに至るまで、文字通り死に物狂いの作業の連続だったと言えるでしょう。国の根底を変革し、新たに築き、未来を生み出す・・・立場や考えの違いはあれ、彼らの一貫した真摯な姿勢を覚えます。

 そんな日本の近代の歩みは、草創期のプロテスタントの歩みとも無縁ではありません。明治5年、キリスト教禁止の「高札」が撤去される前年に、横浜では米人宣教師たちの教えを受けた若者たちが受洗し、日本で最初のプロテスタン教会、横浜公会を立ち上げます。また熊本では、洋学校の教師ジェーンズ大尉(米国の退役軍人)の感化で、また北海道では札幌農学校のクラーク博士の尽力で、信仰を誓う青年たちの同志的結盟(バンド)が結成されました。それぞれが横浜バンド、熊本バンド、札幌バンドと称されます。

 その熊本バンドの一人を中心に描いた『肥後もっこすと熊本バンド―生涯貴高いサムライ精神を貫いた明治男』という書を読みました。武家に生を享け、洋学校で学び、キリストと出会う・・・棄教を迫る家族。この時代の事です。止むを得ません。しかしそれを乗り越え、後には地方の牧師として、また夜学校の教師として働きました。その生涯貫いた「貴高いサムライ精神」に静かな熱いものを覚えました。

 そんな熊本洋学校の若者たちが十代の若さで、「キリスト教信仰をもって、祖国の発展に貢献しよう」という決意を奉じる礼拝を花岡山で行ったのが、1876(明治9)年の1月30日です(これが原因で熊本洋学校は同年8月に廃校となりますが・・・)。139年前の若き信仰のサムライたちの大志に今、心寄せます。

 そういえば、札幌農学校のクラーク博士は言いました。「Boys, be ambitious(少年よ大志を抱け),like this old man!(この老人のように)」と・・・。私たち一人一人も、老いも若きも負けずに、キリストに在って大志を抱き続けましょう。



☆1月25日説教「主のいやし」要約:
「さて、そこに三十八年も病気で苦しんでいる人が いた。イエスは、その人が横たわっているのを見、また、もう長い間病気であるのを知って、『良くなりたいか』と言われた」(ヨハネ福音書5:5‐6)

 病んでいた人にとって、ベトザタの池は無力だった。しかし、この病人を見出したキリストは、癒しを与えられたのだ・・・。 今、主は私たちにも同じように声をかけられる。「良くなりたいか」と。そして、私たちを立ち上がらせ、歩かせて下さるのである。感謝
[PR]
by aslan-simba | 2015-01-21 23:15 | Comments(0)

〒612-8006 京都市伏見区桃山町大島86-29             京阪桃山南口より徒歩8分 ほっこりした教会、牧師の飼い犬です。
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31