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1月17日の記憶

1月17日が近づくと1995年のあの阪神大震災を思い起こす。当時、私は阪神間で牧師をしながら会社勤めを行っていた。もっとも、その1月末には会社を辞め、4月から京都のある教会の牧師として働くことが決まっていた。二足の草鞋の最後の日々に見舞われた震災。 あの日のことが、あたかも昨日のように、また、はるか遠い昔の日のことようにも脳裏に甦ってくる。しかし、その出来事を言葉では到底描写し尽くせない・・・そんな思いと、もどかしさとが私のなかにある。ただ、震災の記憶は、頭より五感の方が鮮明に憶えているようだ。あの時の臭いさえも甦る。 あれから16年、地震を含め様々な自然災害は変わらずに、この世界に突然襲いかかり、被害をもたらしてきた。今、ブラジルとオーストラリアの大洪水が報道されている。「一寸先は闇」なのか・・・ふと手元の坂村真民の詩が目を引いた。「鳥は飛ばねばならぬ 人は生きねばならぬ 怒濤の海を飛びゆく鳥のように 混沌の世を生きねばならぬ 鳥は本能的に 暗黒を突破すれば 光明の島に着くことを知っている そのように人も 一寸先は闇ではなく 光であることを知らねばならぬ・・・」。 犠牲になられた方々に、手を合わせつつ、遺された私たちはどこまでも希望を持ち続けよう。光明の島を目指し・・・。大丈夫。できる。主と共にあの時を乗り越えて来たのだから。神は語る。「お前たちは立ち帰って、生きよ」(エゼキエル18:32)と。

☆1月16日の説教要約:
「主こそ王。威厳を衣とし、力を衣とし、身に帯びられる。世界は固く据えられ、決して揺らぐことはない」(詩編93:1)
神は原初の混乱の嵐の中で、「光あれ」と言われ、光を有らしめました。その創造の初めの働きを、主イエスを通して、神は今日もなされています。あらゆる破壊、闇の力に勝たれる神が主イエスにあって共におられるのです。この主イエスが先に乗り込まれ、私たちが弟子たちとしてつき従っている場が、「沈まぬ舟」なのです。この舟のなかで私たちは、嵐が大凪になるのを経験する・・・不安や恐怖が、平安と信頼に変えられる経験をするのです。そして、主イエスの愛と力のうちに働く神の栄光を私たちは見る、確かに信仰の目をもって見させて頂くのです。
by aslan-simba | 2011-01-15 20:13 | Comments(0)

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