蟪蛄(けいこ)春秋をしらず

梅雨が終わった日、朝の道でセミの音を聞いた。四季ある温暖なこの地は、自然も季節の変化を知っている。その見事さに驚嘆した。うっとうしい日々は過ぎ、いよいよ本格的な夏の到来。もっとも、その感動に浸る間もなく、辺りは熱帯と化してしまった。この一週間、最高気温が毎日のように更新される日が続く。熱中症に気をつけたい。ご近所で交わす挨拶も「この暑さ、何とかならないものですかね」ばかり・・・。今朝は朝からセミしぐれが降り注ぎ、我が庵の暑さが現在進行形で増幅している。 夏にセミ、そう言えば、こんな昔の言葉があった。「蟪蛄(けいこ)春秋をしらず 伊虫(いちゅう)あに朱陽の節を知らんや」(荘子)。蟪蛄とは夏蝉のこと。つまり、夏の短い期間にその地上の生涯を終えるセミは、春や秋を知らない。ならば、この虫(伊虫)は夏(朱陽の季節)を本当に知ることもできないはずだ、と。換言すれば、「井の中の蛙、大海を知らず」ということだろうか。ある方がこのセミを私たち自身の譬として、「迷いの生しか知らない我々は、わが人生が迷いの生であること自体、知ることができない」と述べていた。確かにそうだ。分からないままで生まれ、分からないままで死んで行くのではなく、生きる意味を主に在ってかみしめたいものだ。 ただ、こんな文脈でセミを引き合いだすのは失礼かも知れない。彼らは地中で何年も幼虫生活をなし、地上では生涯のフィナーレを飾り、天に向け精一杯鳴くのだ。もしかしたら、セミは我々以上に天の国を知っているのでは・・・。


☆7月25日の説教要約:
「弟子にしてください、わが主よ。心の底まで弟子にしてください。・・・もっときよく、聖なるものにしてください・・・(Lord, I want to be a Christian in my heart. Lord, I want to be more holly in my heart.)」(讃美歌二編173より)
黒人霊歌に基づく讃美歌。当時の厳しい生活の現実のなかで、彼らが歌い継いだ曲です。しかし、そこに恨み、辛みの表現はありません。地上での富や幸いも求められていない。願われているのは、ただただ・・・「主よ、わたしを弟子にしてください・・・心の底までそうしてください」なのです。心動かされます。歌は続いて「もっときよく(holly)に、もっと<聖なるもの>にしてください。心の底まで」と歌われます。それは「聖なる神であるあなた様のものとして、あなた様に応えさせてください」ということなのです。私たちも今、同じ祈りをもって、主の弟子として遣わされて行こうではありませんか。「わたしを遣わして下さい」(イザヤ6:8)。
[PR]
by aslan-simba | 2010-07-23 14:12 | Comments(0)

〒612-8006 京都市伏見区桃山町大島86-29             京阪桃山南口より徒歩8分 ほっこりした教会、牧師の飼い犬です。
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30