Hope against hope

 レントそして年度末、私たちにとって自らの歩みを振り返り、「来し方、行く末」について思い巡らす時なのでしょうか。私は例年繰り返されるこの時期に、決まって思い起こす言葉があります。

 それは「Hope against hope(希望がみえない時にも、なお希望する)」です。出所は使徒パウロの記したローマ418の言葉。パウロはアブラハムを例に挙げて、「希望するすべもなかった時に、なおも望みを抱いて信じた」と述べ、希望に基づく信仰ゆえに約束がを実現されたと言います。今までの自分の歩みも、そのような「希望」に励まされて、ここまで来ることができました・・・。感謝。またこの先も、希望の信仰に支えられて生かされて行くだろうと思います。

 聖書の示す希望・・・パウロはこうも言います。「見えるものに対する希望は希望ではありません。・・・目に見えないものを望んでいるなら、忍耐して待ち望むのです」(ローマ82425)。希望と忍耐が言われます。換言すれば、希望と忍耐は、一つの事柄に対する表裏の関係。それゆえ、本当の希望には忍耐がつきまとうということでしょう。有名な「苦難
は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生む」(ローマ534)という聖句も、その関わりから言われている訳です。

 また、「希望と忍耐」について、主イエスも種をまく人の譬えを、こう説明されます。「
良い土地に落ちたのは、立派な善い心で御言葉を聞き、よく守り、忍耐して実を結ぶ人たちである」(ルカ福音書815)。すなわち、私たちが実を結ぶのは、御言葉をしっかりと受け入れ、どんなことがあっても、神に希望をおきつつ忍耐すること。それこそが実を結ぶことにつながるのだ、と。それは単に苦しみを我慢しさえすれば、実を結ぶというのではありませんね。「信じること」が前提です。

 
ちなみに「忍耐する」の原語は「ヒュポモネー」、「下に身を置く」という意味の言葉で、神学的には「神の下に身を置いて耐えること」と解釈されます。思えば、その忍耐を文字通りに示されたのが、私たちの贖いのためのイエスさまの十字架でした。そしてその先にキリストの復活が、救いの完成がある。だから私たちは「Hope against hope」に生きられるのです。それは「この希望において、私たちは救われているからです・・・」(ローマ824a 私訳)。


☆3月26日説教「隅の親石」要約:

「・・・『家を建てる者の捨てた石、これが隅の親石となった』。その石の上に落ちる者はだれでも打ち砕かれ、その石がだれかの上に落ちれば、その人は押しつぶされてしまう」(ルカ福音書2018

 神は限りない忍耐と寛容をもって、私たちの救いのためにキリストという隅の親石をしっかりと据えてくださいました。その石の上に落ち、それに砕かれる時、そこに救いがあるのです。

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# by aslan-simba | 2017-03-21 11:37 | Comments(0)

気分は寅さん

 「私、生まれも育ちも東京葛飾柴又です。姓は車、名は寅次郎、人呼んでフーテンの寅と発します・」。大阪でサラリーマンになりたての頃、余興の持ちネタは寅さんのモノマネだった。

 その口上も得意だった。「物の始まりが一ならば、国の始まりが大和の国、島の始まりは淡路島、ばくち打ちの始まりは熊坂の長範・・・」といった調子で。自分で言うのもおこがましいが、普段の私の姿とは、イメージ的にかなりの落差があったため、結構受けた。

 実は先週、妻と共にその寅さんの故郷、柴又を訪ねてみた。小石川の菩提寺での墓参と、都内に住む妹夫婦と出会った後に、ふと思い立ってのことだった(妹夫婦を見て、寅さんの妹サクラとヒロシ夫妻を思い出したためではないので、念のため)。 柴又は学生時代に一人で、ぶらりと訪れて以来の四十数年ぶり。町
の中心である帝釈天・題経寺へと続く参道には、名物の草団子屋さんやウナギの店が並び、観光客がそぞろ歩く映画でもおなじみの光景がある。駅前に寅さんの銅像があったことを除いては、昭和40年代の姿と変わっていなかった。

 帝釈天の裏側には江戸川の土手が続く。そこを降り、矢切の渡しから、都内唯一の渡し船にのって川を横切れば、向こう岸は千葉県。葛飾柴又は、いわゆる生粋の江戸の地域ではないが、京都に例えれば、宇治のようなところと言ってよいかも知れない。

 今回、土手に隣接する「山本亭」に立ち寄った。これは葛飾区が平成になって公開した和洋折衷の建物で、元々はカメラ部品メーカの創立者のお宅の由。大正後半に建てられ、昭和の初めに増築された建造物とのこと。亭内を散策しながら、大正、昭和のモダンな雰囲気に浸り、
書院庭園をながめながら味わった抹茶は格別だった。こんなセンスの良いところも柴又にあるとは知らなかった・・・。

 帰りは柴又駅から電車に揺られ30分ほどで上野に。そこから今度は東京スカイツリーを目指す。夕刻ということもあって、待ち時間一切なしに展望台に上れた。眼下にある夕焼けの東京の街が美しく、幻想的に見える。

 夕陽に金色に輝く雲を見ながら、ふと「
ネオンきらめく、ジャズの高鳴る大東京の空の下、仮の住まいまかりあります」という寅さんの口上を思いつつ、「地上を仮住まい」とし、「天の故郷を目指す」信仰者の幸いに思いを馳せてみた(ヘブライ111316)。「ほら、あの夕焼け雲が誘うのよ」・・・天の御国へと。



☆3月19日説教「日々思え」要約:

「イエス・キリストのことを思い起こしなさい・・・わたしは選ばれた人々のために、あらゆることを耐え忍んでいます」(テモテへの手紙二2810

 使徒パウロは常に、今も生きる復活の主を強く思い、人生の道を歩みました。私たちも、主なるキリストに目を向けて生きようではありませんか。どんなに辛い時にあっても・・・。パウロは私たちに命じています。「イエス・キリストを、いつも思っていなさい」(28口語訳参照)と。 



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# by aslan-simba | 2017-03-14 15:18 | Comments(0)

言葉の力

 普段使う言葉も、考えてみれば力のあるものです。何気なく語られた人の言葉で喜んだり、傷ついたり・・・時にそれで人生さえ変わることもあります・・・。

 
古代ギリシア人は言葉を「ロゴス」と呼びましたが、ロゴスには論理や理性、理念などの意味合いもありました。だから学問とは、ロゴス(言葉)を学ぶことに他ならなかったのです。我が国の先人も言葉を大事にしました。「言霊(ことだま)」という表現があります。万葉の詩人たちは日本を「言葉の力で人に幸せをもたらす国」、「言霊の幸(さき)はふ国」と称えていたのです。

 聖書も言葉の力、わけても神さまの御言葉に秘められた力を伝えています。創世記の冒頭には「言葉による創造物語」が掲げられます。「初めに、神は天地を創造された。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。 神は言われた。『光あれ。』こうして、光があった・・・」と。

 旧約聖書は、この神の「言葉」をヘブライ語で「ダーバール」と言います。なおダーバールは「言葉」と同時に「出来事」も意味します。すなわち言葉は形を取り、出来事となるのです。まさにそれは、この世界の全ての物事の背後には、力強い神の御言葉があるのだという、聖書自身の信仰の表明でしょう。

 しかしメディアの発達した現代は、神の言葉ではなく、空虚で信頼できない言葉が氾濫しています。中には人を貶めるような言動が、公然となされるようなこともありますし、一方で、それらに振り回されている自分たち自身の姿にも気づかされます。

 ただ、そうであるならばなおさらのこと、私たちは真実の神の言葉を聴くことを心がけたいものです・・・。預言者エリヤが聞き取った神の語りかけは「静かにささやく声」でした(列王記上19章)。本当に力ある御言葉は、喧噪を避けたところで、私たちの内に響くのでしょう。 また「初めに言(ロゴス)があった」と語るヨハネ福音書は、イエス・キリストを神の言葉そのものと語ります。主イエスの語られる御言葉をしっかりと心に刻みたいものです。

 そして人に対しては「快い言葉」(コロサイ36参照)を語れる者でありたいと願います。「どうか、わたしの口の言葉が御旨にかない 心の思いが御前に置かれますように」(1915)


☆3月9日説教「荒野にて」要約:
「人はパンだけで生きるものではない」(申命記83、ルカ44

 目に見える人間の必要が満たされることは大事です。しかし、それのみで全てが終始する訳ではありません。悪魔は、私たちに石をパンに変えろとはいわないでしょうが、「ああせよ、こうせよ」と勧める可能性は十分にあると思います。注意が必要です。





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# by aslan-simba | 2017-03-10 23:21 | Comments(0)

聖書が告げる希望

 明治のキリスト者・内村鑑三は、「聖書に希望という言葉が沢山使ってある。これは・・・中略・・・人類のもつ言葉の中で、最もうるわしいものの一つである。希望のない宗教は宗教ではない。宗教の優劣は、それが供する希望の多寡高低によって定められる・・・」と述べ、キリスト教を語ります(「聖書の研究」明治37年7月21日)。

 確かに私たちの聖書には「希望」という言葉がちりばめられています。その「希望」、さらに「愛」「信仰」をキーワードとして数多くの手紙を認めた使徒パウロは言います。
「信仰と希望と愛、この三つは、いつまでも残る」(コリント一13:12)。

 ならば、聖書の語る希望とは何でしょうか。一言でいえば、それはイエス・キリストを通して、神さまが与えてくださる希望なのです。神は私たちの救いのために、御子を犠牲にまでされました。その十字架の愛は、今日も豊かに、私たちの内に注がれています。そして、その神の愛がある限り、私たちは前を向いて、ポジティブに人生を歩んで行くことができるのです。だから使徒パウロはこう命じます。「希望をもって喜び、苦難を耐え忍び、たゆまず祈りなさい」(ローマ12:12)と・・・。すなわち、神の愛がある限り、私たちは如何なる試練や困難も乗り越えることができる。否、神の愛が、乗り越えさせてくださるのです。この神の愛こそが、揺るがぬ希望の根拠であり、それを信仰をもって受け止めることが大事なのです。

 また聖書の示す希望の形は「神の栄光にあずかる希望」(ローマ5:2)として語られます、それは、私たちの目に、はっきりとは見えませんが、全き救いの完成の希望なのです。「
わたしたちはこのような希望によって救われているのです。見えるものに対する希望は希望ではありません。現に見ているものをだれがなお望むでしょうか。わたしたちは、目に見えないものを望んでいるなら、忍耐して待ち望むのです」(ローマ8:24-25)。

 見える現前の事柄のみに振り回され、一喜一憂し続ける必要はありません。やがてこの世は過ぎ去ります。このレントの時、御言葉から聴きつつ、御国の希望をいっそう確かにしたいものです。



☆3月5日説教「主の赦し」要約:

「人よ、あなたの罪は赦された」(ルカ福音書5:20)
 罪の赦しの本質は、神との交わりの回復。ただしそれは、神さまの側からの一方通行では成り立たない。「あなたの罪は赦された」という宣言が真に意味を持つのは、その人が罪を赦された人として立ち上がり、感謝して神と共に歩いて行くときなのだ。



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# by aslan-simba | 2017-03-01 11:34 | Comments(0)

春一番と早春賦

 20日に「近畿地方で春一番が吹いた」と報道されました。春一番は立春の後、初めて吹く暖かい強めの南風ですが、近畿では四年ぶりに吹いた由。毎年必ず吹くものだと思っていたのですが・・・期間が立春から春分の間と規定されているために、無い年もあるとのこと。案外知らないことの多い自分に気づかされました。

 ついでに、春一番が吹けば暖かさはしばらく続き、寒さの揺り戻しは何週間か先に起こるものだとイメージしていましたが、これも違いました。春一番の吹いた翌21日は冬型気圧配置に戻り、厳しい寒さの一日となりました。暖かい春は、まだまだ先という事でしょう。

 ふと母が「二月は一年で最も寒い時期。如月(きさらぎ)は『衣更着』とも書く」と言っていたことを思い起こしました。また母がこの時期に、よく歌っていた曲も口をつきます。「春は名のみの 風の寒さや 谷の鶯 歌は思えど 時にあらずと 声も立てず 時にあらずと 声も立てず ・・・」。早春賦と題する大正時代に作られた唱歌です。

 この歌について、幼かった私と妹に「ウグイスは春を告げる鳥だけれど、寒い時期は谷にいるのね」と語ってくれた母の笑顔が脳裏を走ります。 そういえば小学生の頃の私は、この歌から二月のウグイスは谷にいて、三月に「梅の小枝でウグイスが・・・」鳴き始めるものだと、頭の中で整理していました。 ともあれ、まだまだ寒い日が続き・・・ウグイスの声は聞こえてきません。

 しかし考えてみると、春浅き日々の寒さは、恵みかも知れません。それは寒さが厳しければ厳しいほど、本格的な春の到来の喜びは一段と大きなものとなるからです。また春に咲く植物は、寒さにさらされることで、開花に向けた花芽が始動開始すると言います。

 私たちの人生も、永遠の命の花をつけるまでは、なおしばしの時、厳しさに耐えねばならないでしょう。ちなみに今年の教会暦に従えば、レント(受難節)は3月1日から。イースターはまだまだ先です。それでも私たちは主に在って、御国の全き春が、私たちに必ず到来することを、御言葉によって知らされています。聖霊の暖かい風は、今日も私たちの心の内に吹いています。感謝


☆2月26日説教「命を与える霊」要約:

「命を与えるのは『霊』である。肉は何の役にも立たない。わたしがあなたがたに話した言葉は霊であり、命である」(ヨハネ福音書6:63)
 朽ち行く地上のものを、主は「肉」と呼ばれ、「命」を与えるのは「肉」ではなく「霊」である、と語られます。その「命」とは、目に見えない永遠なる神の霊のお働きとして、私たちに与えられるのです。



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# by aslan-simba | 2017-02-23 14:37 | Comments(0)

〒612-8006 京都市伏見区桃山町大島86-29             京阪桃山南口より徒歩8分 ほっこりした教会、牧師の飼い犬です。
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