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老いの重荷は神の賜物

 人は望まなくとも老い、体が弱り、また病を患う・・・。身近な人々を見つめながら、そんなことを思わされます。身体の衰え、若い頃はそれを自分には関係ないものと考えていましたが、寄る年波には勝てません。いつしか自分の問題でもあることに気づくようになってきました。

 原始仏典にこんな言葉があります。「
愚かな凡夫は、みずから老いゆくものであるにもかかわらず、他人が老衰したのを見て、悩み恥じ嫌悪している。わたしもまた、老いゆくものであるにもかかわらず・・・」(中村元『ゴータマ・ブッダ』参照)。お釈迦様が、老いを他人事として見つめた、自身の若い頃を回顧して語った言葉だそうです。誰もが若い時には、自らが老いることには、なかなか思いが及ばないものなのかも知れません。

 
聖書は、人の体を土の塵で造られたといいます。だから、その「自然の命の体」(コリント二1544)は脆く、加齢とともに衰え、やがて朽ち果てるのは当然でしょう。しかし、そのような私たちが、「霊の体」に与かる全き救いの時が来ることも、聖書は教えてくれます。そこに確かな希望があります。この衰え行く肉体の彼方には御国の救いがあるのです。

 以前、ホイヴェレスという神父が紹介した「最上の業」という詩に、こんな節がありました。「・・・
老いの重荷は神の賜物。古びた心に、これで最後のみがきをかける。 まことの故郷へ行くために! 己をこの世につなぐ鎖を少しずつはずしていくのは真にえらい仕事。 こうして何もできなくなれば、それを謙虚に承諾するのだ。 神は最後に一番よい仕事を残してくださる。 それは祈りだ。 手は何もできない。けれども最後まで合掌できる。 愛するすべての人の上に、神の恵みを求めるために!・・・」と。

 「
老いの重荷」は「神の賜物」として与えられているということ、有り難い話です。さらに私たちは、祈り、祈られる恵みの中に、いつまでも生かされて行くのです。 人生の最終段階において、たとえ何もできないようになったとしても、最後まで祈りを為すことだけはできる者でありたいと願います。


☆2月19日説教「主に倣う」要約:

「あなたがたは羊のようにさまよっていましたが、今は、魂の牧者であり、監督者である方のところへ戻って来たのです」(ペトロの手紙一2:25

 魂の牧者であるキリストが、今日も御自身の御跡に続くよう私たちを招いておられます。「善を行って苦しみを受け、それを耐え忍び、恵みの現れとなりなさい」(20節)、「・・・キリストもあなたがたのために苦しみを受け、その足跡に続くようにと、模範を残されたからです」(21)と。



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# by aslan-simba | 2017-02-14 22:26 | Comments(0)

聖バレンチノの日

「歳月人を待たず」と言いますが、早いもので2月も中旬に。その2月真ん中の14日は「バレンタインデー」です。この日はロマンスの日、「愛の日」などとも言われます。ただ、「愛」と言うと、私にはまず「神の愛」「キリストの愛」の方が思い浮びます。仕事柄でしょうか、それとも年齢のゆえ・・・。否、それだけではありません。実はこの日は、教会にも関連があったのです(と言ってもカトリック教会の話ですが)。

 四十数年前までは、214日は「聖バレンチノ(バレンタイン)の日」とされていました。 伝説によると、
バレンチノ司教は、子どもをはじめ家畜などの病も、愛をもって治したそうです。そこから子どもや家畜を守護する愛の聖人とされ、人々に親しまれました。 もちろん、彼はキューピット役も果たしました。彼の働いていた3世紀のローマ帝国では兵士の結婚は『士気が落ちる』という理由で禁止されていたそうです。そのような若者たちを憐み、若い恋人たちをこっそりと結婚へと導いたのだとか・・・。それが皇帝の怒りを買い、結果、司教は214日に処刑されてしまったのです。

 もっとも、この聖バレンチノの記念日は1969年に教会暦から削除されています。理由は、同じ頃にローマで殉教した同名の司教が他にも存在した為、その業績が混同され、史実性が確定されないためだそうです。 いずれにせよ、この日のそもそもの起源は、愛の働きをもって生きた司教を覚える日ということでしょう。それは聖書の教える愛と重なるのです。  


「愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。不義を喜ばず、真実を喜ぶ。すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。 愛は決して滅びない。・・・信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である」(コリント一13章より)。 214日をロマンスの日(14世紀以来の西欧の伝統)とするのは結構ですが、同時に信仰、希望と共に大切にされる愛を覚える日としても受け止めたいものです。なお、フィンランドではバレンタインデーを「友情の日」という友愛に思いを寄せる日としているそうです。


212日説教「恵みの座へ」要約:
わたしたちには・・・偉大な大祭司、神の子イエスが与えられている・・・だから、憐れみを受け、恵みにあずかって、時宜にかなった助けをいただくために、大胆に恵みの座に近づこうではありませんか」(ヘブライ人への手紙41416

目の前の現実がいかに厳しくとも、それが全てではありません。恵みの神は、ご計画を進めておられます。まだ見ていない先に全き救いがあるのです。これからも見えない御方に目を注ぎ、恵みの座にしっかりと近づこうではありませんか。








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# by aslan-simba | 2017-02-09 12:18 | Comments(0)

寒梅の季節に思う

 今年も早2月・・・未だ寒い日が続きますが、暦の上では3日の節分を境に、4日に春が立ち、梅の蕾もほころび始める時期となります。梅は松、竹と並べ「松竹梅」として、おめでたいものの一つと言われます。

 
梅・・・私の父親はこの花が好きで、元気な頃は東京の湯島天神の観梅を楽しみにしていました。父の命日は、その開花少し前の123日。奇しくもあの新島襄と同じ祥月命日です。ちなみに母の命日は新島夫人の八重と同じ614日。これを何かのご縁というのは、実におこがましい話ですが、何か有難いような気がして・・・。 ともあれ、新島襄は「百花の魁(さきがけ)」である梅の花を心底、愛した人でした。彼の漢詩にこうあります。

 「
真理は寒梅の似(ごと)し 敢えて風雪を侵して開く」と。まことの道を歩む厳しさと忍耐を寒梅が示しているようです。 なお禅語で「梅は寒苦を経て清香を発す」と言われるように、厳冬に耐えて、美しい花をつけ、良き香りを放つ・・・そこに梅の花の矜持が示されます。

 米国に学んだ最初の日本人牧師で教育者、「自由教育 自治教会 両者併行 国家万歳」を終生のモットーに、神と日本の近代化のために命を賭した新島襄の人生・・・。その生涯に、この梅の花に示される「忍耐」を憶えさせられます。 また、昭和の時代を懸命に生きた私の父母、一介の庶民に過ぎなかった彼らも寒苦に耐えた人だったと思います。あの時代を生きた大半の日本人が、均しくそうであったように・・・。

 さて5年前に亡くなったジョン・ヒックという英国神学者のバーミンガムのお宅には、この新島の漢詩の掛け軸が据えられていたそうです。ここに宗教多元主義というヒックの思想を詳述する紙幅はありませんが、彼も本当に忍耐の人でした。梅の花と忍耐・・・。

 新島襄はこんな寒梅の詩も詠んでいます。
庭上(ていじょう)の一寒梅(いちかんばい) 笑って風雪を侵して開く 不争(あらそ)わず又(また)力(つと)めず 自(おのずか)ら占()む 百花の魁」。「庭先に見る一本の早咲きの梅、風雪にめげず、微笑みをたたえて花開く。誰かと競い争うではなく、力んで無理をするのでもない、自然なさまで、あらゆる花々の先駆けとなる」。私たちの日々の信仰の歩み、忍耐しつつも、そんな謙虚さと自然体をもって花開けるよう精進したいものです。


☆2月5日説教「真の喜び」要約:

「さて、あなたがたがわたしへの心遣いを、ついにまた表してくれたことを、わたしは主において非常に喜びました・・・わたしの神は、御自分の栄光の富に応じて、キリスト・イエスによって、あなたがたに必要なものをすべて満たして下さいます」(フィリピ410,19参照)

 教会に於いて、与えることも、支えることも全て主との関わりにおける事柄です。そこには人が与える喜びだけではなく、天から頂く喜びがあるのです。

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# by aslan-simba | 2017-01-31 20:01 | Comments(0)

ここに愛がある

 サラリーマンになりたての頃、通勤電車の中で遠藤周作の文庫本をよく読みました。なかでも『おバカさん』と『沈黙』は今なお強く心に残っています。

 『おバカさん』、主役は日本に来たナポレオンの末裔ボナパルト・ガストン。ご先祖様に似ても似つかない
臆病で無類のお人好しのフランス青年で、容姿はイケメンの真逆。彼は行く先々で騒動に巻き込まれ、自ら傷つきながらも、人々に愛を示す人と描かれます。物語の流れから、彼はさながら昭和の日本に現れた受難のキリストのようでもありました(イザヤ書53章の「苦難の僕」を体現したような・・・)。この主人公ガストンの姿に胸打たれました。

 『沈黙』、
米国の著名監督による映画化で今、話題になっています。この小説で特に印象深かったのは、踏み絵を前にした、転びバテレンのロドリゴが聞いたキリストの御声です。「踏むがいい。お前の足の痛さをこの私が一番良く知っている。踏むがいい、私はお前たちに踏まれるため、この世に生まれ、お前達の痛さを分かつため十字架を背負ったのだ」と。心熱くなりました。映画はどう描いているのでしょうか・・・。

 ところでカトリック教会暦では、25日は「日本二十六聖人殉教の日」です。
159725日、豊臣秀吉のキリシタン禁止令で捕らえられたフランシスコ会宣教師6名と日本人信徒20人が、長崎の西坂で処刑された記念日。この日の祈りをカトリックの『聖人略伝』は、こう記します。「信じる者の力である神よ、あなたは日本の26聖人を、十字架の死を通して永遠のいのちにお召しになりました。この殉教者の取次ぎを願うわたしたちが、死に至るまで力強く信仰をあかしすることができますように」。420年前に帰天した雄々しき信仰の先達たちを覚えたいものです。

 他方、転んだロドリゴ・・・モデルは実在のイエズス会宣教師のジュゼッペ・キアラ司祭。17世紀の日本に来て、捕らえられ、拷問の末に棄教。日本名を得て江戸に住み、82歳で亡くなりました。彼はどんな思いをもって、後の人生を過ごしたのでしょうか・・・。

 ただこれは言えると思います。キリストの十字架は、聖人たちのみならず、そんな転んだ者のためにも、否、すべての人のためであったのだ、と。「わたしたちが神を愛したのではなく・・・神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして御子をお遣わしになりました。ここに愛がある」(ヨハネの手紙4章参照)



129日説教「試練と信仰」要約:

「わたしの兄弟たち、いろいろな試練に出会うときは、この上ない喜びと思いなさい」(ヤコブの手紙12
 ヤコブは試練の価値を知っているからこそ、このように私たちにこう勧めるのです。私たちは人生の試練の只中にある時こそ、心をしっかりと神さまに向け、祈らねばらないのです。そして、本気で神に願うことが、私たちの信仰を強め豊かにされるのです。


 



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# by aslan-simba | 2017-01-27 08:11 | Comments(0)

 「救いの源である神よ、あなたは使徒パウロの宣教によって、全世界に信仰を伝えて下さいました」(P.ジュネル『聖人略伝』より)。
 
 草創期のキリスト教を広く世界へと広めた最大の貢献者は使徒パウロでしょう。伝道のために彼が歩いた道程は3300km、それは北の択捉島から南の与那国島までの直線距離に匹敵します。また彼の手による書簡は新約聖書の2割を占めます。この人を外してキリスト教は語れません。

 パウロは
紀元1世紀初期、ローマ市民権を有するユダヤ教徒として小アジアに生まれ、育ちました(ちなみにパウロはローマ名、ユダヤ名はサウロ)。長じてエルサレムに留学、碩学ガマリエルの薫陶を受けました。 125日は、その彼がキリスト教へと回心した日とされます(「聖パウロ回心日」、カトリック教会、聖公会の教会暦)。その出来事を使徒言行録はこう記します。


「サウロはなおも主の弟子たちを脅迫し、殺そうと意気込んで、大祭司のところへ行き、ダマスコの諸会堂あての手紙を求めた。それは、この道に従う者を見つけ出したら、男女を問わず縛り上げ、エルサレムへ連行するためであった。ところが、サウロが旅をしてダマスコに近づいたとき、突然、天からの光が彼の周りを照らした。サウロは地に倒れ、『サウル(サウロのこと)、サウル、なぜわたしを迫害するのか』と呼びかける声を聞いた。『主よ、あなたはどなたですか』と言うと、答があった。『わたしは、あなたが迫害しているイエスである・・・』」(9:1-5参照)

 パウロは熱心な宗教的思い込みゆえに「イエスをキリスト」とする輩を神を冒涜する者とし、許しませんでした。 ダマスコへとそんな人々の迫害へ向かう途上、突如、復活の主に出会い、回心を遂げたのです。このことを契機に、彼は伝道者として立てられて行きます。

 さて、この使徒パウロの言葉からは色々学ばされます。私は特にどんな状況にあっても、信仰をもって主体的に生きる術を示されます。彼の使う「忍耐」という語、その意味は「その下に止まる」です。重荷を投げ出すのではなく、その下に止まって常に強くなれ・・・と。「堅忍不抜」でしょうか。苦難を恵みへと変えるのです。「苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生み出す」(ローマ5:3ー5参照)。まさに至言です。


122日説教「上なる御方」要約:

「あなたたちは下のものに属しているが、わたしは上のものに属している。あなたたちはこの世に属しているが、わたしはこの世に属していない」(ヨハネ福音書823

 主は天(上)に属し、私たちは地(下)に属しています。ゆえに、本来の私たちは、この地上のことだけに縛れて生きて行く他なかったのです。しかし主イエスは私たちのために天の扉を開き、私たちを永遠の命へと招いて下さったのです。

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# by aslan-simba | 2017-01-19 09:21 | Comments(0)

〒612-8006 京都市伏見区桃山町大島86-29             京阪桃山南口より徒歩8分 ほっこりした教会、牧師の飼い犬です。
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