冬がきた・・・二つの詩

 寒さが一段と厳しくなってきました。今がちょうど味噌や酒の仕込みの時期だそうです。暦を見れば、もうすぐ大寒・・・。

 中学生の頃、朝早くから学校の体育館で白い息をはきながら剣道の寒稽古をしたことを思い出します。もう半世紀も前の話です。あの頃、学校でこんな詩を学びました。

きっぱりと冬が来た 八つ手の白い花も消え 公孫樹の木も箒(ほうき)になった  きりきりともみ込むような冬が来た 人にいやがられる冬草木に背かれ、虫類に逃げられる冬が来た  冬よ 僕に来い、僕に来い 僕は冬の力、冬は僕の餌食だ しみ透れ、つきぬけ 火事を出せ、雪で埋めろ 刃物のような冬が来た」。高村光太郎の若き日の詩です。「冬よ 僕に来い」という言葉に鼓舞されたことを懐かしく思います。「負けないぞ」と・・・。

 40歳代の半ばに京都に住むようになってから、好きになった冬の詩があります。仏教詩人・坂村真民の「冬がきたら」です。その一部を記します。

冬がきたら 冬のことだけ思おう 冬を遠ざけようとしたりしないで むしろすすんで冬のたましいにふれ 冬のいのちにふれよう 冬がきたら 冬だけが待つ 深さときびしさと 静けさを知ろう 冬はわたしに いろいろのことを教えてくれる 先ず沈黙の大事なことを すべての真理は この沈黙のなかからのみ 生まれてくることを」。

 
厳しい寒さから逃げ出さずに、進んで冬と向かい合い、そこから静かな季節の息吹を知ろうと詠われています。もちろん、それは季節としての冬だけではなく、辛さや悲しみ、苦しみの人生の日々のことも指すのだと思います。また、この詩は坂村さん90歳の作とのことですから、そこに高齢期という「人生の冬」が意味されているのかも知れません。ともあれ、そういったなかにある「いのち」と「たましい」とに前向きに触れようというのです。

 そういえば中学の剣道の先生が、こんな言葉をよく言っていました。「艱難汝を玉にす」と。今朝読んだ旧約の詩119編の言葉にも、こうありました。「苦しみにあったことは、わたしに良い事です。これによってあなたのおきてを学ぶことができました」(11971口語訳)と。厳しい冬に負けずに、希望の春へ心と思いを向けたいものです。


115日説教「神の小羊」要約:

「イエスは、『来なさい。そうすれば分かる』と言われた。そこで、彼らはついて行って、どこにイエスが泊まっておられるかを見た」(ヨハネ福音書139

 主イエスはどこに留まっているのか。彼ら(二人の弟子)は見た。それは父の愛の中であったことを。父に信頼し、父の御心ならば十字架にさえ向かう御姿がそこにあった。さらに主の復活、弟子たちはそこに永遠の命を見たのである。



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# by aslan-simba | 2017-01-13 17:46 | Comments(0)

今を精一杯生きよう!

 皆さんはお正月に、どんな初夢をご覧になりましたか。 私は結構リアルでシビアな夢を見てしまいました。

 内容は、授業の単位を取り間違えて落第しそうな学生の自分、さらには仕事を頑張りながらも、その仕事内容が把握できずに焦るサラリーマンの自分・・・。おまけにその夢の中で、こんな言葉を反復していました。 「たったひとりしかない自分を たった一度しかない一生を ほんとうに生かさなかったら 人間生まれてきたかいが ないじゃないか」・・・と。

 目覚めてから気づいたのですが、その言葉は、子供の頃に読んだ山本有三の『路傍の石』の中にあったものです。こんな初夢、いろいろと精神分析や解釈ができそうですが、まずは「まだまだ頑張れ」という天からのメッセージと受け止めておきます。

 ところで年初に『置かれた場所で咲きなさい』というベストセラーの著者でシスターの渡辺和子さんが、昨年末に逝去されたことを知りました。渡辺さんは9歳の時に2.26事件で、陸軍教育総監のお父様が眼前で殺されるのを目撃するという、本当に痛ましい経験をしました。

 長じて29歳で修道会に入り
36歳の時には、地方大学の学長職を命じられます。思いがけない重責、慣れない生活でストレスが募り、自信喪失に陥った折、ある司祭からこんな内容の英詩を貰い、励まされたそうです。「神さまがお植えになったところで咲きなさい。咲くということは 仕方がないとあきらめるのではなく、笑顔で生き、周囲の人々も幸せにすることなのです」・・・。それを踏まえ、シスターは言われます。「境遇を選ぶことはできないが、生き方を選ぶことはできる。『現在』というかけがえのない時間を精一杯生きよう」と。

 なおシ
スターはその後50歳の時には鬱病、68歳で膠原病を患い、薬の副作用で背中の骨を損傷し、14センチほど身長が縮むという体験もされています。

 さて、
お正月休みは終わり、日常生活が始まりました。今年もこの先、さまざまなことが私たちの世界に、また私たちの身の上に起こると思います。大変なこともあるかも知れません。しかし今与えられた持ち場に感謝し、主に委ね、安んじてベストを尽くして行きたいと願います。一度しかない一生を、主が共にあって、本当に生かされたいものです・・・。
 
 「
わが行くみち いついかに  なるべきかは つゆ知らねど 主はみこころ なしたまわん そなえたもう 主のみちを 踏みてゆかん ひとすじに」(讃美歌494

 今年も、どうぞよろしく!


☆1月8日説教「聖霊による洗礼」要約:

「・・・水で洗礼を授けるためにわたしをお遣わしになった方が、『が降って、ある人にとどまるのを見たら、その人が、聖霊によって洗礼を授ける人である』とわたしに言われた。」(ヨハネ福音書13334

 「主イエスこそ聖霊の洗礼を、私たちに授ける方だ」、洗礼者ヨハネはそう証言しました。主が私たちに御子の霊を降され、私たちを聖霊によって神の子としてくださるのです。ただただ有り難いことです。感謝。


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# by aslan-simba | 2017-01-04 20:44 | Comments(0)

Wishing you a joyous New Year!


 あけましておめでとうございます。新たな年の皆様の歩みの上に、主の豊かな祝福をお祈り申し上げます。さて、お正月を如何お過ごしでしょうか。お正月遊びの一つに「福笑い」がありますが、ご存知ですか。子供の頃のお正月、東京の祖父の家で、大人も子供も大笑いしながら、この遊びに興じたことを思い出します。半世紀以上も前の昭和時代の話ですが。


 笑いといえば、ことわざにも「笑うかどには福来る」、「笑って損したものなし」「一笑一若」(いっしょう、いちじゃく・一つ笑うと一歳若返る)など色々あります。私たちの先人はこのように、「笑う」ことが人生を幸せに導くものと信じていたのです。だから「笑い」はお正月に欠かせない吉事の一つに数えられて来ました。

 医学的にも「笑う」ことは、心身にとって良いと言います。笑うことで、全身の血流が良くなり、心臓の働きを良くすることから循環器系の疾患の治療に効果が大きいとか。 さらに「笑い」は、大脳の活動も活発にさせ、意欲や向上心を起こさせ、ストレス解消に良い影響を与えるとも言われています。まさに「笑いに勝る良薬なし」でしょう。旧約聖書にも「陽気な心は健康を良くし、陰気な心は骨を枯らす」(箴言1722新改訳)とありました。

 た
だ残念なことに福音書には「主イエスが笑った」との記述はありません。でもご安心下さい。「そのとき、イエスは聖霊によって喜びあふれて言われた」(ルカ1021)とあります。また主は人々にこう命じられています。「喜びなさい。大いに喜びないさい」(マタイ512)と。主イエスもしばしば笑顔になられたと思うのです。


 なお「笑い」に関するこんな英語の名言があります。“
Sometimes your joy is thesource of your smile, but sometimes  your smile can be the source of your joy”(喜びはときに笑顔の源泉となるが、笑顔が喜びを生み出すこともある。ティク・ナット・ハンの言葉)・・・。 新たな年、どんな時も笑顔を絶えせずに歩んで行きましょう。「常に喜べ 絶えず祈れ 凡てのこと 感謝せよ」(テサロニケ一51618)・・・

(^○^)

☆1月1日説教「主に望みを」要約:

「主に望みをおく人は新たな力を得、鷲のように翼を張って上る。走っても弱ることなく、歩いても疲れない」(イザヤ4031

 「望みをおく」の原意には「待つ」という含みがある。希望をもって主を「待ち望む」。その時、神は私たちに新たな力を与えてくださる・・・。この年の第一歩をこの御言葉に支えられ、踏み出したい。









 










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# by aslan-simba | 2017-01-01 08:18 | Comments(0)

今年もあとわずかになりました。例年この時期に決まって思い起こす英詩を記します。

「わたしと共に老いて行こう! 最善の時はこれから来る 人生の最後、そのために最初が造られたのだ わたしたちの時は御手の中に在る 神は言われる。すべてはご自身が計画されたのだ、と。
Grow old along with me ! The best is yet to be, The last of life, for   which the first was made: Our times are in His hand     Who saith “A whole I planned”・・・」。 英国ヴィクトリア朝時代の詩人、ロバート・ブラウニングの詩「ラビ・ベンエズラ」の一部分です。

老いれば、私たちの心身は共に衰えて行きます。しかし、そんな私たちを、神さまは御手もって益々霊的に成長させ、御国へと導かれるのです。そのことをこの詩があらためて気づかせてくれます。

新たな年、また一歳、年齢を重ねます。恐れることはありません。喜びと希望をもって老いて行こうではありませんか。私たちの人生の一切が、神さまの慈愛の下にあることを心から信じて。「最善(ベスト)」の時を、私たちはこれから先に迎えるのですから・・・。

☆桃山栄光教会の元旦・教会創立記念礼拝は、新年1月1日(日)午前10301130

是非お越しください
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# by aslan-simba | 2016-12-27 11:14 | Comments(0)

Merry Christmas 2016


 クリスマスの登場人物で一番の有名人は、やはりサンタさんでしょうか。教会ではもちろんイエス様なのですが・・・。
 
 サンタさんのモデルは4世紀のギリシア正教の司教、聖ニコラウスです。その後14世紀に、彼はオランダの
港町アムステルダムの守護聖人とされ、オランダ語でジンタ・クラースと呼ばれます。サンタクロースは、この発音がなまったものだとか。

 本格的なサンタさんが誕生するのは19世紀の米国で、
1822年に神学者ムーアが子供たちのために「聖ニコラスの訪問」という詩を書いたことによるそうです。この詩に、サンタクロースが8頭のトナカイが引くそりに乗って空からやってくることや、煙突から家の中に入ってくる様子や、オモチャを袋の中から次々と出す様子が描かれています。これが絵本化され、赤い服を着た白い髭のサンタのおじさんのイメージが出来上がりました。

 さて
1897年、ニューヨーク・サン紙に8歳の女の子から「サンタさんは本当にいるのですか?」という投書が届きました。その返事として、同紙はこんな社説を掲載・・・「本物のサンタクロースを見た人はいません。だからといって、いないと言えるでしょうか。この世で一番確かで本当のもの、それは大人の目にも、子供の目にも見えないものなのです・・・サンタクロースは生きています。永遠に生きています。・・・一千年後までも、百万年後までも、サンタクロースは、子どもたちの心を今と変わらず、喜ばせてくれるのです」と

 その少女は大人になって、子供たちに夢と希望を与えるべく教員となり、生涯を教育に捧げられたとのこと。 なお、私はこの社説から、「見えないものに目を注ぐ」(コリント二416)という聖句を覚えます。もしかしたらサンタさんは、クリスマスの主役イエス様を私たちに示してくれているのかもしれません。「いまだかつて、神を見た者はいない。父のふところにいる独り子である神、この方が神を示されたのである」(ヨハネ1:18)という大事な御言葉をプレゼントとして・・・。メリー・クリスマス!


1225日クリスマスメッセージ要約:

「キリスト・イエスは、罪人を救うために世に来られた」(テモテ一115

キリストは、この世の只中に来られました。罪の闇のなかにあるこの世界の只中に・・・。この世はもはや神に見捨てられ、滅びへと定められた世界ではありません。また、私たちがいかなる人間であろうとも、神の憐れみの届かないところにいる人はないのです。喜びに溢れて、クリスマスを祝いましょう。光が来たなら、もはや闇は闇のままではないからです。


★桃山栄光教会のクリスマスご案内:


12
24日(水)クリスマス・イブ

   午後700~7:30 キャンドル礼拝


12
25 日(日)クリスマス(降誕日)
   午前10301130 クリスマス礼拝

   午前1140~午後130 クリスマスのお祝い会


今年のクリスマスは、桃山栄光教会に是非お立ち寄りください。きっと良いことが起こると思います。






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# by aslan-simba | 2016-12-19 19:33 | Comments(0)

〒612-8006 京都市伏見区桃山町大島86-29             京阪桃山南口より徒歩8分 ほっこりした教会、牧師の飼い犬です。
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